読書感想文(202)岡本太郎『自分の中に孤独を抱け』
はじめに
こんにちは、笛の人です。
読んでくださってありがとうございます。
今回は岡本太郎のエッセイです。
たった今読み終えたのですが、どうやらこの作品は『自分の中に毒を持て』『自分の運命に楯突け』に続く第三弾だったそうです。
『自分の中に毒を持て』は赤色、『自分の運命に楯突け』は黄色、そして『自分の中に孤独を抱け』は青色のカバーだったので、てっきり赤青黄色の順番だと思いこんでしまいました。
『自分の運命に楯突け』も近いうちに読むつもりです。
感想
やはり良かったです。
最近岡潔の『一葉舟』を読んで仏教のことを少し学びましたが、そこでいう諸法無我の考えに近いものが見られたので、より面白く感じられました。
そういえば、ジュリア・キャメロン『ずっとやりたかったことをやりなさい』も似ているように思います。
ただし、このP14の部分には、小我的な発想が見られるように思います。これは自分とは何かを問うていたからでしょうか。少し個人主義の香りがします。なぜなら、本当に「世界即己れ」ならば、己の肉体が崩れ去ることは世界が崩れ去ることは無いからです。この「己れ」は小我です。
この部分、学生達にぜひとも伝えたいと思いました。
ただ、自分の子供に託すのはともかく、自分一人の非力を解決するために、自分の考えを多くの人に託すのは一つの手段だとは思います。
法律がある以上、それを守らなければ罰せられます。
しかし、その法律が正しいと思うかどうかは、自分自身が決めることであり、正しくないと思うのなら、それに従ってはならない。反発しなければならない。そうしなければ、何も変わらず、抑え込まれるだけです。
最後に、本題からそれる話ですが、写実性と写真についての話がありました。
それについて、岡本太郎は写実性を求めるなら写真の方がいいのに、写実的に描くことを重視し過ぎていると言います(P171)。
この部分を読んで、現代の写真は加工技術が大変発達しているので、写真の意味も変わってくるだろうなと思いました。
つまり、加工された写真は、実際に写真家が見た景色に、その景色から写真家が感じ取ったもの・心が表現されたものなのではないか、ということです。
写真家にはどのように世界が見えているのか、数年前から気になっています。
おわりに
この本の内容とは全然関係ないのですが、最近信号待ちの時間にも本を読むようになりました。
そして先日、ポケットに入れたつもりが上手く入らずに落ちました。雨上がりだったので、本が土で汚れてしまいました。
結構ショックだったのですが、これは逆に言えば信号待ちの僅かな時間にも読書をしようという自分の気持ちの表れでもある、と思いました。
これから先、この汚れた本を見るたびに、私は僅かな時間にも読書を求めた意識が自分にあったことを思い出すと思います。
そして、そのたびに、同じような気持ちになって、色々なことを頑張る自分でありたいと思いました。
ということで、最後まで読んでくださってありがとうございました。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?