読書感想文(139)恩田陸『夜のピクニック』

はじめに

こんにちは、笛の人です。
読んでくださってありがとうございます。

今回は第二回本屋大賞を受賞した有名な作品です。
最近知り合った人にオススメしてもらったことがきっかけで読みました。

感想

内容は全く知らずに読み始めたのですが、タイトル通りの内容でした。
夜のピクニック、「ピクニック」という言葉は楽しい雰囲気ですがら「夜の」と付くとなんだか静かな雰囲気になります。表紙絵がまさにそれらを表していて素敵です。

読んでみた全体の感想としては、「なんか、良いなぁ」という感じです。上手く言語化できないのですが、心に静かに染み込んでいく良さがあります。
初めの方はまだ明るいのですが、夜が更けていくにつれて段々と静かになり、そして夜明けに向かって明るくなっていくのがストーリーと共に感じられます。
この本で特に良かったなと思ったのが、登場人物がそれぞれ良い人であることです。内堀亮子さんはちょっと嫌なキャラとして書かれるけれど、なんだかんだ「彼女のおかげでもあるなぁ」と思わされます。彼女にとっては皮肉ですけど笑。内堀さんは最後は別の男子グループと仲良くゴールして、それを「男なら誰でも良かったんだろうね」みたいに思われます。でも多分彼女視点では別の論理があって、「そんなに邪魔者扱いするならもういいわよ、邪魔せずに引いてあげるわ」くらいに思っていたんじゃないかなぁと想像してみました。結局外から見たら、誰でも良かったんだろうなぁと思われてしまうのですが、現実でもこういうことってあるよなぁと思いました。
また舞台が進学校であるのも、何かしら世界観を作っているなぁと感じました。貴子は自分たちのことを私立文系に「転ぶ」と表現していますが、その「転ぶ」には早稲田大学も入っているのです。
勉強ができる高校生達の集まり。進学校の高校生にとって学校の勉強というのは人生の中でかなり大きなウェイトを占めているはずで、故に少しプライドを含んだ視点が感じられる気がします。でも美和子ちゃんは最後の方にその事を自覚して、流石早稲田志望だなぁなんて思いました笑。

印象に残っているのは、やっぱり杏奈ちゃんのセリフです。

みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。
どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。

P31

これは青春を端的かつ的確に表しているのかもしれません。夜であることが少し特別感を増している所はありますが、そうでない場合でも、なんでもないことが宝物って、結構心当たりがあります。
逆に、じゃあそれは失われてしまうのだろうか、と考えてみました。何故そんな青春はいつしか失われてしまうのでしょうか。もしかすると、大人は忙しすぎるからかもしれないなぁと思います。特に現代はそうなのかもしれませんが、どうしても何かをしようと思ってしまうというか。会社の中での競争とか、会社同士の競争とか、資本主義社会で生き残っていこうとすると何かと「それって何かの役に立つの?」という視点に偏ってしまいます。だから、夜に歩くだけという「無駄な」行動はやろうと思えないし、なんなら友達との「無駄話」も価値が無いように思えてしまうかもしれません。友達との距離が開いてしまうのも原因かもしれませんね。
しかしこの本を読んだ今なら、そういったことの大切さは直感的によくわかるんですよね。この感覚をこれからも大切にしていきたいです。
そんなこんなでいつも通り引用しながら書いていこうと思っていたら、なんとこの作品は最初のページで次のように始まっていました。

晴天というのは不思議なものだ、と学校への坂道を登りながら西脇融は考えた。
こんなふうに、朝から雲一つない文句なしの晴天に恵まれていると、それが最初から当たり前のように思えて、すぐにそのありがたみなど忘れてしまう。

P5

青春時代の大切なものも、当たり前すぎてありがたみを感じないまま大人になってしまうのでしょうか。無くなってから気づくから、取り戻したいなと思った時に上手く行動できないのでしょうか。今の時代、旧友と本気で会おうと思えばいつでも会えますもんね。これから友人関係、どうなっていくんだろうなぁ。
それはさておき、晴天を見上げてそこに気づく西脇融はなかなか良い感性を持っているなぁと思いました。この作品ではここ以外にも、感性が鋭くていいなぁと思う所が沢山ありました。

印象に残っているセリフはもう一つ、忍くんのセリフです。

だけどさ、雑音だっておまえを作ってるんだよ。雑音はうるさいけど、やっぱ聞いておかなきゃなんない時だってあるんだよ。

P343

これはよく言われる、環境が人を作る、という話にも通ずる所がありますが、「うるさい」というのがポイントだと思います。ブレイディみかこ『僕はイエローで、ホワイトで、ちょっとブルー』の次の場面と似ているかもしれません。

「多様性ってやつは物事をややこしくするし、喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃないほうが楽よ」
「楽じゃないものが、どうしていいの?」
「楽ばっかりしてると、無知になるから」(中略)「多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う」

P75

面倒だけど、聞いておいたり、やっておいた方が良いことも多い、というとちょっとずれてしまいますね。うーん。
ただ、雑音の良さって、後になってわかってくるよなぁと思います。うるさいなぁと思って印象に残っていたからこそ、後で思い出せるというのもあるかもしれません。単に聞き流してしまう生活音は記憶に残りませんから。
自分でも何を書いているかわからなくなってきたので次に行きます笑。

 日常生活は、以外に細々としたスケジュールに区切られていて、雑念が入らないようになっている。チャイムが鳴り、移動する。バスに乗り、降りる。歯を磨く。食事をする。どれも慣れてしまえば、深く考えることなく反射的にできる。
 むしろ、長時間連続して思考し続ける機会を、意識的に排除するようになっているのだろう。そうでないと、己の生活に疑問を感じてしまうし、いったん疑問を感じたら人は前に進めない。だから、時間を細切れにして、さまざまな儀式を詰め込んでおくのだ。そうすれば、常に意識は小刻みに切り替えられて、無駄な思考の入り込む隙間がなくなる。
そういう意味でも、この歩行祭は得がたい機会だと思う。朝から丸一日、少なくとも仮眠を取るまでは、歩き続ける限り思考が一本の川となって自分の中をさらさらと流れていく。

P73

これも大切なことを言っていると思います。ただ一点反論したいのは、人は疑問に感じながらでも進むことができると思います。性格にもよるかもしれませんが、疑問を抱きながら、考えながら、それでも選択を迫られる時は何かしらの根拠を持ってより良いかなと思う方を選択したり、とりあえず選択してみてから考えようと思ったりしながら、進んでいくこともできます。意識しなければ細々としたスケジュールに思考する隙間を埋められてしまうのですが、自覚して、やろうと思えばできると思います。結構、しんどいですけれど笑。

何かの終わりは、いつだって何かの始まりなのだ。

P442

とても単純だけれど、季節のせいもあってか印象に残りました。でもこれも大切なことですよね。
これから疎遠になっていく人間関係もあるだろうけれど、新しく生まれる人間関係も勿論あります。だから寂しくないわけではありませんが、そればっかりに囚われてしまうのも勿体無いなと思います。
これまでの生活を適度に惜しみつつ、新しい生活を存分に楽しんでいきたいです。

終わりに

なんだかよくわからない感想になってしまった気がしますが、つまりいつも通りですね笑。
ふわふわしているけど、読んで良かったなと思います。
恩田陸さんの作品は初めて読んだのですが、他の作品も色々と気になっているので読んでみたいです。
『蜜蜂と遠雷』、『ドミノ』、『チョコレートコスモス』辺りが気になっています。まだ買っていないので、もう少し先になるかもしれませんが楽しみです。

ということで、最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。


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