読書感想文(105)島本理生『大きな熊が来る前に、おやすみ。』

はじめに

こんにちは、笛の人です。
読んでくださってありがとうございます。

今回読んだのは『ファーストラヴ』や『ナラタージュ』の作者・島本理生の短編集です。
『ファーストラヴ』は結構最近映画化していたので特に有名かもしれませんが、実は原作も映画も未履修です。
『ナラタージュ』は以前友人に中河与一『天の夕顔』をオススメしたところ、『ナラタージュ』っぽいという事でオススメしてもらって読み返しました。
そしてその時、この作者の他の作品も読んでみたいなぁと思って、とりあえず買ってみたのがこの本です。以後、積読になっていたのですが、今回読んだのはなんとなくです。

感想

タイトルを見て、ほんわかするようなお話かな〜と想像していました。しかし、全然違いました。思えば『ファーストラヴ』や『ナラタージュ』の作者がそんな可愛らしい話を書くはずありませんでした(というのは言い過ぎでしょうか?笑)。

この本には「大きな熊が来る前に、おやすみ」「クロコダイルの午睡」「猫と君のとなり」の3篇が収録されています。
私が最も印象に残ったのは「クロコダイルの午睡」です。主人公の女の子の心理描写があまりにも繊細で、そして結末も予想外でした。
無神経な男の人って普通は愚痴りたくなるけれど、それが気になっている人だと複雑になってきます。しかも彼女がいるからその気持ちも無いことにしなくてはいけなくて……。

(この段は若干ネタバレがあります)
まあ私は男なので同じような立場になったことは無いのですが、逆に無神経な事を言ってしまう可能性は大いにあるなぁと思いました。これは結構真剣に考えないといけません。私は結構恋愛対象かそうでないかははっきりしている方だと思うのですが、一方で割と八方美人だとも思います。あと甘やかしてくれる人には結構甘えてしまう所もあって、でも恋愛対象だと思っていなければそれなりの線引はしているつもりで、そんな事をしていたら毒を盛られるかもしれません。
そういえば昔、知人に「天然たらしですよね」って言われて結構ショックを受けたのを思い出しました。天然たらしなんだったらもうちょっとモテても良いと思うのですが……。

さて、「クロコダイルの午睡」で他に共感したのが次の一文です。

気まぐれだとしても、単に振り回されているのだとしても、他人から必要とされたり求められることに、どうして私の心はこんなにも弱いのだろう。

最近、自分ってちょろいな〜と思うことが多いのですが、やっぱりこういう所だなと思います。ちょろい人はこの心理、よくわかるのではないでしょうか。
まあ私は他人に利用される時でもこちらにも利があるなぁと思いますし、あまりに扱いが気に食わなければ未練なく離れられる方だと思いますが、なんだか書きながらこれも言い訳のような気がしてきました。うーん、まあこの辺は今後の課題としておきます。

その他の2篇についても何か書こうと思い、ページをぱらぱらめくってみたのですが、改めて3篇とも不思議な男女関係だよなぁと思いました。
「猫と君のとなり」では主人公も「こんな始まりは普通じゃない」と思っています。しかし直後に「案外、そういうものかもしれない」と思い直します。
確かに、普通である必要も無いしなぁと思います。

「猫と君のとなり」でも色々と思うところはありましたが、一番印象に残ったのは主人公が高校生の頃に仔猫に手を差し伸べたことです。荻原くんはそんな主人公を「真っすぐに優しい」と表現します。これは私の理想の自分の一つに近いものだなと思いました。これまで「見返りを求めない優しさ」とか「純粋な優しさ」とかそんな感じで捉えていましたが、「真っすぐな優しさ」って良い表現だなと思います。
私の中で「真っすぐな優しさ」の憧れは高校生の頃のクラスメートです。当時「この人には敵わないな」と思いましたが、できるだけ近づきたいなとも思いました。もうしばらく会っていないので今はどんな人かわかりませんが、久しぶりに会いたいなぁと思いました。

タイトルにもなっている「大きな熊が来る前に、おやすみ」については、これは「猫と君のとなり」の主人公の元彼もそうですが、過去に深い傷を負って今尚癒えきっていない人のことが印象に残りました。「猫と君のとなり」では主人公が元彼にも何か事情があったことを察しながらも、やっぱり理解できないと思います。一方で「大きな熊が来る前に、おやすみ」の主人公は自らも過去に深い傷を負っているため、冷静に恋人に寄り添おうとします。お互いに同じような傷を持っているから、不安定ながらも理解し合える、いいなと思うには少し重いけれど、恋人とか夫婦ってそういうものなのかなぁと思いました。
一番最初のページで主人公の先輩が「一緒に住んだらもう結婚しなきゃいけないって思ってるんじゃない?」と主人公に問いかけるのも、一応覚えておきたいなと思いました。同棲した後に別れるのもなかなか大変そうではありますが……。

最後に、松永美穂さんの巻末解説「心の片隅の、大きな熊。」の冒頭に書かれていたこともいいなと思ったので残しておきます。

やさしい子守歌のような表題がついた、静かな短編集である。静かというのは「退屈」という意味でも「何も起こらない」というのでもなく、激しさを内に秘め、鋭く張り詰めた状態のように思える。表面は穏やかだけれど、底深い湖水のような。

これを読んだ時、自分はこういう小説が好きなんだろうなぁと思いました。
まず思いついたのが平野啓一郎『マチネの終わりに』、それから江國香織『東京タワー』、小川洋子『博士の愛した数式』など。静謐な文章でありながら、その心は激しいです。有川浩『図書館戦争別冊Ⅱ』から語彙を借りると、「穏やかで激しい」といったところでしょうか。
坂口安吾やC・ブロンテ『ジェーン・エア』といった火のように激しい文章も好きですが、水のように静かな文章も好きです。
私は結構雑食なので、自分の好みの傾向はこうやって少しずつ知っていけたらいいなと思います。

おわりに

短いのですぐ読み終わりましたが、思った以上に感想文は長くなりました。
多分、読み返す毎に深みが増していくと思うので、ちらほら読み返したいです。
この作者の他の作品もまたそのうち読みたいと思います。

ということで、最後まで読んでくださってありがとうございました。


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