読書感想文(265)恩田陸『蜜蜂と遠雷(上)』

はじめに

こんにちは、笛の人です。
読んでくださってありがとうございます。

今回は過去に本屋大賞を受賞した作品です。結構前から気になっていたのですが、やっと読むことができました。

感想

とても良かったです。
といっても、まだ半分ですが。
この作品はピアノのコンクールが舞台となっているわけですが、やっぱり音楽って良いなと思いました。どう良いのか考えてみると、一言で言えば「調和の美」かなと思います。
この作品でも、音楽と風景の調和がとても心地良いです。一方で、普段の生活でこれほど感受性豊かに世界を感じられていないので、登場人物達に対する羨ましさもあります。

理瀬シリーズとは一転、わかりやすいストーリーですが、やはり作者らしい所もあります。
一番顕著に感じたのは、作曲家や演奏家は音楽を創っているんじゃなくて、既にあるものを伝えている、という話です。
これは『三月は深き紅の淵を』で物語が同じような位置で語られていますし、夏目漱石の『夢十夜』にも出てくる仏師の話も以前別の作品で出てきました(そういえば、この原典は何なんだろう?)。
作者には、既にあるものを発見する、という感覚があるのがわかります。
これは円周率にも似ているな、という話をどこかの感想文で書いた気がします。

今回、メインとなる登場人物は何人かいるわけですが、特に肩入れしたくなったのは明石さんでした。
ブランクもあるので多分実力的には優勝しなさそうで、何なら本選に残るのかどうかもわかりません。
天才達が集う世界で、凡人側の世界も経験している明石さんに共感しやすかったのかもしれません。

音楽界には、古くから神童というカテゴリーかまある。確かに彼らは幼くして常人の見えないものを見て、いきなり音楽というものの秘密にアクセスできるのだろう。
だが、彼らには常人の見ているものが見えない。遥か遠くに仰ぎ見る音楽に対する神格化された憧れ、燦然と輝く頂をめざしゼロメートルの裾野から音楽を志す喜び、さまざまな苦しみや挫折を乗り越えて一歩ずつ音楽に近付いていく喜びを知らない。
そういう意味では、天才に対する凡人の屈折した優越感というのも存在するのだ。

P249

明石さんのこの考え方に近いことを初めて考えたのは、小学生の頃の体育の時間、縄跳びで二重跳びの練習をしている時でした。
私は何回か跳ぶことができて、可もなく不可もなくという感じでした。でも中には縄跳びが苦手で全然できない子もいました。その時、「できる人はできない人の気持ちがわからないのが不幸だよなぁ」なんて思いました。
自分が一応できる側にいたことを踏まえるとかなり嫌な奴ですが、勿論これは縄跳びに限った話ではありません。 
別の分野で恐らく、自分ができないという劣等感を感じていたのだと思います。

私は天才ではないと思いますが、凡人の域から天才の世界を覗いてみたい、あわよくば一歩踏み入れてみたい、という人間のような気がします。凡人の世界からの、凡人と天才の間にいる人、というのが自分の立ち位置のような気がします。
そして、天才の世界のことが少しわかったら、それを凡人にもわかる言葉で広げることが自分の役割のような気がします。
本文の言葉を借りれば、天才達が既に存在する未知のものを発見して伝えてくれたものを理解し、より多くの人に伝えることが自分の役割なのかなと思います。

明石さんの考え方でもう一つ印象に残った所があります。

もちろん審査員席では、作曲者本人が聴いていて、二次予選で「春と修羅」を演奏したすべてのコンテスタントの中から、いちばん優れた演奏をした者を選ぶ菱沼賞というのがあるのだ。
どうだろう? 俺の「春と修羅」は、俺のカデンツァは、観客に、作曲者に、どう聴かれるだろうか?

P379,380

この少し前の部分に、社会人なので練習時間が少なく、曲によっては練習が満足にできていないような描写がありました。しかし、この「春と修羅」には自信がある様子。
それは、心の何処かで自分が優勝できないことがわかっていて、勝負するならこの一曲という気持ちがあったのではないかと思います。
他の天才達の様々な曲解釈も面白そうなのですが、個人的には明石さんにこの賞を取ってほしいなと思っています。
こんな読み方ができるのは、初読ならではの楽しみですね。

あとはホフマン先生の爆弾、風間塵にも惹かれますが、これはどちらかというと憧れに近いかもしれません。
こんな風に自由に世界と調和しながら生きていきたいなと思いました。

おわりに

この先、どうなってしまうのか。
より一層コンクールの厳しさが強調されそうな予感がします。
下巻を読むのは楽しみですが、なんとなく躊躇してしまう気持ちもあります。
心を強く持って、登場人物達と一緒にこのコンクールの行方を追っていきたいと思います。

ということで、最後まで読んでくださってありがとうございました。


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