読書感想文(183)新潮社編『文豪ナビ 夏目漱石』(齋藤孝、三浦しをん、北村薫、島内景二、井上明久、藪野健)

はじめに

こんにちは、笛の人です。
読んでくださってありがとうございます。

今回は夏目漱石の小説ではなく、解説書のようなものです。
高校生ぶりに読む『こころ』に先立って、何かヒントになるようなことが書かれているかなと思って手に取りました。

感想

面白かったです。
引用の他、10分で読める要約などもあるのですが、「そうそうあったあった」と思うものもあれば、「そんなこと考えてなかった!」というものもありました。
例えば『草枕』において、那美を「恋に破れた女の自殺」という門なんか絶対にくぐってやるものか、という戦いを歯を食いしばって続けている女性として捉えるような読み方は思いがけないものでした。
また、次のような所も頭に置いておきたいと思いました。

家庭生活での「愛」の不可能に悩み、近代日本社会の「金銭万能主義」の不毛と戦い、希望を託すべき「学問」の意味について、死ぬまで考え続けた漱石だが、ここでは、富・地位・名誉・家庭の安楽など、多くの近代人が追い求める「幸福の本筋」をそれてしまい、他人と交際したくないと願う「個人」の生き方を書いている。「個人」の「孤独」の自由を望み、だからこそ苦しむ人間の心を見つめている。

P29

「幸福」とは何かを考えた時、その多くは個人の幸福である場合が多いように感じます。情報社会となって色んな人の生活(の表層)が見られる今、その個人の幸福は金銭の占める割合が多いようにも思います。そこに生じる利己心の醜さを嫌悪し、距離を取りたくなる気持ちはよくわかります。その点、『坊っちゃん』や『行人』の兄の誠実さは多くの人にあり続けてほしいとも思います。

「頗る」や「甚だ」といった言葉をおもしろいと感じ始めると、漱石の作品は二度おいしくなる。また出てきたと丸をつけながら読んでしまう。作家の口癖を真似するのは楽しい。

P75

これは私の場合、「やめた」というフレーズが気になっていました。
最初に気になったのは『坊っちゃん』を読んでいる時です。〇〇しようと思ったけど、山嵐がやめておいた方が良いと言うからやめた、のような感じだった気がします。「やめた」が色んな所で出てきて、慥かに人生って何かしようと思った後に別の要因でやめるという選択をすることって多いよなぁと思いました。
この「やめた」理由をよく見ることで、その登場人物の性格もわかってくるのかもしれません。例えば『坊っちゃん』なら素直さ、『三四郎』なら臆病さ、など。前者は誰かに言われて納得してやめ、後者は自分の心の中で何かと言い訳をしてやめた場合が多かったような気がするからです。

また、実は今日東京にある漱石山房記念館(漱石公園の傍)に行ってきました。
そこで漱石の俳句がいくつかあり、最も良いなと思った「菫程小さき人に生まれたし」という句がこの本でも紹介されていました。
我が身を菫に例えるのは岡潔のエッセイで初めて読みました。そこでは松尾芭蕉の「山路来て何やらゆかし菫草」という句が紹介されており、岡潔自身は「スミレの心を以てスミレに咲くのであって、レンゲに咲くのではない」といったようなことを言っていたと思います。
スミレという小さな、けれども慥かに存在している美しい花として咲きたいという気持ちは、素敵でいいなと思います。

他にも漱石は羊羹がめちゃめちゃ好きだったという話(P66)や、一生借家に住んでいたという話も面白かったです。
特に前者は「余は凡ての菓子のうちでもっとも羊羹が好だ。あの肌合が滑らかに、緻密に、しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の芸術品だ」とまで言っていたことが書かれています。こういう話も色々と知りたいなと思いますが、そうなると全集を読むことになるかもしれません。生きているうちに一読くらいはできるんじゃないかなと思います。

おわりに

この本は150ページ程なので、すぐ読み終わりました。
漱石の作品を読むのが改めて楽しみになったので、読んで良かったと思います。

ということで、最後まで読んでくださってありがとうございました。


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