『お』 Oさん

2日前、夜中に突然、学生時代の友達からLINEがきた。

突然やけど療養中だったOさんが亡くなりました。

えっ……

中学から私学へ通っていたが、Oさんとは高校3年くらいから仲良くなった。
きっかけは『宝塚歌劇団』
友達が宝塚にハマって、勧められて私もどハマりしてしまった。
その友達が私の前に勧めたのがOさんだった。

Oさんとはほとんど喋ったこともなかったし、クラスも一緒になったこともなかった。おしゃれでお金持ちグループの中で、後ろでどんと構えているという印象。普通でダサい私は話しかけにくいというか、相手にされないような気がしていた。それでもなんとなくそんな人達とも仲良くしてはいたけど。

最初はすごく緊張していたと思う。
でも『宝塚』という共通のアイコンが、そんな身分の差(ないねん、そんなん)を感じさせることなく、急速に距離を近づけてくれた。

中学に入学してからなんとなく感じていた女子校のカーストのようなもの。Oさんは上。私は中の下。みたいな(ないねん、そんなんは)
容姿やセンス、家柄(?)に自信がなかった私。高校を卒業すると当然、制服というカーストを包む魔法のアイテムがなくなって、ファッションセンスがもろにバレてしまう。
ワンレン、ボディコンなんてのもまだ多少残っていた時代に、私は大きめのTシャツにダボっとしたカーゴパンツ、安物のリュックでスニーカー、ほとんどノーメイクという出で立ち。かたや、ブランド品を身に纏い、ヒールにばっちりフルメイク。徐々になんか住む世界が違うなあ、なんて感じていた。

コンプレックス。

宝塚の公演を観に東京へ行ったことがあった。
その時にコンプレックスの塊だった私に、Oさんは
「私、Aちゃんの格好好きやで」
さりげない一言。

無理をしない自分を認めてくれる。
すごく嬉しかった。

Oさんの家に何度も『〇〇さんの魅力を確かめる会』などと称して泊まりに行った。Oさんは真矢みき、私は涼風真世が好きだった。
チケットを取るために梅田の宝塚友の会で早朝から並んだり、宝塚大劇場の楽屋口で何時間も出待ちしたり、車で後を追いかけてみたり……(すぐに見失う、昔の話です)

とにかく『宝塚』一色だった時代に、一番気があって楽しい友達。

私が結婚した時に、グアムに友達たちとサプライズで来てくれた(やっぱみんな金持ちやねん)。その時も「AちゃんはいつものAちゃんの方がいいわ」なんて言ってたな(それはそれでどうなん…笑)

子供が産まれてから、私は宝塚を観に行かなくなって、Oさんも結婚して、年賀状のやりとりも徐々になくなり、互いのフェイスブックも更新しなくなって……

何年か前に友達から「飲みに行かへん?Oさんも来るで」と誘いを受けたが、小さな子どもが3人もいたので、行けなかった。
そのあともその友達から宝塚に誘われたりしていたが、結局行けなかった。
友達はOさんともよく宝塚を観に行っていたので、一回でも行ってたら、Oさんともまた会えたかな。

最後に会ったのはOさんの結婚式かな。もう15年以上経つか。

やる気がないようで、結構熱い、他力本願なんだけど、とても協力的、そして何よりすごく優しい人。

人骨はまだ温かかった。
さよなら。
会いたかったな。
少し早いけどゆっくり休んで。
ありがとう。

安らかに………


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