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流体・空調分野におけるAI技術の活用

本記事は日刊工業新聞にて連載している「脳×AIで切り開く未来」を再編したものです。

日本でも医療分野へのAI活用が進んでいる。なかでも、画像診断支援領域に関して、医療スタートアップなどを中心としたサービスの開発・展開が進んでいる。特に、脳神経分野においては、難易度の高い手術、治療支援技術も発表され、注目を集めている。

 これまで、AI(人工知能)とニューロテックがもたらすイノベーションの数々、そして私とアラヤ(東京都港区)が取り組んでいる研究の概論を記してきた。今回からは、日本の各産業におけるAI技術導入の現状と、未来像について触れていく。

流体解析の弱点、ピンポイントで補助。自動車開発向け新サービス

 今年7月5日〜7日の3日間にわたり、愛知県常滑市の愛知県国際展示場(Aichi Sky Expo)で「人とくるまのテクノロジー展 2023 NAGOYA」(主催:自動車技術会)が開催された。この展示会は自動車産業における最新のトレンドやテクノロジーが紹介されるイベントとして知られている。
 今回の展示会にはわれわれも参加し、AIソリューション「NeumaticAI」の紹介を行った。

自動車開発におけるCFD

 NeumaticAIは自動車の開発で重要となる流体解析──CFD(Computational Fluid Dynamics=数値流体力学、これを一般的に流体解析と呼ぶ)にAIを組み合わせ、高信頼かつ高速な空力特性予測を行う先日ローンチしたばかりの技術である。そもそも、液体や気体などの流体の速度や圧力、温度や濃度といった数値をコンピュータによって計算し、複雑な流体の挙動をシミュレートするCFDは、工学分野で広く活用されている。例えば自動車開発においては、空気抵抗を最小限に抑えられるような車両形状の検討や、効率的なブレーキシステムや冷却システムの検討など、車両開発のさまざまな領域と局面において使われている。                          
 ただこれまで広く活用されてきたCFDにも課題があった。そもそも流体解析は実験値と正確な一致を示すことが難しい。たくさんのリソースを必要とし、計算量に比例してかかる時間も膨大となる。加えて計算機の性能も高いものが求められるのだ。
 そこでディープラーニングの発展が進んだ近年になり流体の解析にAIを活用する試みが増えた。簡潔に説明すれば、CFDをAIに置き換え、入力したデータをもとにニューラルネットワークがデジタルモデルを作成し、シミュレーションをする方法である。AI活用による大きなメリットとして、解析の時間を短くし、設計全体のリードタイムが短縮できることが挙げられる。これによって近年高速化する消費者のニーズに対応した、付加価値の高
い製品作りに役立てられることになる。

少ないデータで高い信頼性実現

 一方でAIによる解析の代替にも課題がある。ひとつはデータ面の課題だ。たしかに推論自体の時間は短くできるのだが、AIが学習する際にCFDで生成された大量の正解データが必要となり、その時間を考えると設計のプロセス全体を見た際に大幅な時間短縮とはいかない。
 もうひとつは信頼性における課題だ。AIモデルの内部はブラックボックス化している。設計とは意志決定の連続であると言われるが、その意志決定のための根拠として信頼できるのかという問題が出てくるわけだ。これまでさまざまな製造プロセスで使われてきたCFDの信頼性と比べると、まだまだ追いついていないのが現状である。

 これらの課題を解決するソリューションとしてわれわれが開発したのがNeumaticAIだ。これまでAIがCFDの果たしてきた役割をすべて代替しようとしてきた試みとは違い、CFDの一部のプロセスをAIに置き換える仕組みである。
 CFDでは、流体や圧力の運動を計算するために、流体に関する方程式をコンピュータで効率的に解くためのプログラムを使用する。もしAIがCFDをすべて代替しようとすると、AIはその方程式や解き方をすべて学習しなければならないことになる。そうではなく、CFDを最大限活用しながら、CFDでうまく計算できない部分のみをAIによって補助しようというのがAIとCFDのハイブリッド技術というわけだ。     
 NeumaticAIでは、そのAIとCFDのハイブリッド技術により、AIが学習する問題も簡略化され、少ないデータであっても未知の事態をも予測できるようになる。また、CFDを最大限活用していることから、信頼性の高い解析を行えるのだ。          
NeumaticAIについて、先述の展示会では多くの人の質問を受けた。そうした状況を見て、今の自動車業界はAIの活用範囲を広げていこうと、さまざまな試行錯誤を行っている段階にあるのだと改めて感じた。
 ただ、AIの導入を広げていくためには、AIを専門とする人材の導入が必要となってくる。AIを専門とする人材が流体解析のバックグラウンドといった自動車の専門知識まで理解するのは、あまりに高いハードルとなる。もちろん、逆もまたしかりである。     これはいずれの分野でも抱えている課題だと感じている。
今後はそれぞれのメーカーがAIに通じた人材を育成、起用していく方向に向かっていけば、NeumaticAIのようなプロダクツを導入できる素地が広がり、さらなる技術の進歩が見込めてくるはずである。

空調最適化活用の幅拡大

 ニューラルネットワークを使ってデジタル空間上でシミュレーションするという意味ではもうひとつ、活用が進みつつあるのが空調の分野である。アラヤでも地域冷暖房(DHC)・大型熱源やオフィスのセントラル空調といった、比較的大きな範囲の空調を、AIによって最適化しようというソリューションを展開している。
 オフィスなどの空調は、液体を冷却・加熱する熱源機・チラーと呼ばれる機器を複数使って温度の調整をしていることが多い。
 たとえば今の時期に必要不可欠な冷房の場合、液体で冷やした冷気を熱交換器によって提供し、それによって熱を持った液体を冷やすという循環によって行っている。当然、このチラーを動かすには大きな電力が必要となる。
 そこでアラヤの「空調最適化ソリューション」では、まずチラーがどれくらいエネルギーや電力量を使うのかを予測するAIモデルを作る。外気の温度や過去のチラーの運転状況などのデータも加味し、将来の需要量を予測する。

 その結果を用いて、シミュレータが最適なパラメーターを予測し、需要にあった運転をするよう制御する。このふたつのサイクルによって、ビル側で必要なエネルギーを満たしつつ、消費電力を削減できるようにできるのだ。
 たとえば大規模な施設では、チラーと空調機設備の間に蓄熱槽と呼ばれるタンクが備えられている。蓄熱槽とはその名のとおり、エネルギーをためておき、効果的な電力使用を行うための設備である。
 この槽に電気代の安い夜間のうちにエネルギーをためたり、暑さの厳しい日にはピーク時間帯に蓄熱槽の電力を使用するなどのコントロールを行うわけだが、こうした作業は現在まで作業員の経験則や、ルールベースの運転機に頼っている部分が大きかった。
 しかし空調最適化ソリューションでは、データを取得すれば、30分ごとに24時間先までの予測を行える。AIが細部まで自動的に設定し制御を行うことで、電力コストのみならず、人的コストも効率化可能となる。
 現在の空調最適化ソリューションは電力需要予測と熱源機器の最適化までしか行っていないが、いずれはビル全体の空調の制御まで含めた、オール・イン・ワンの最適化サービスを目指していく予定だ。
 さらに空調の最適化にも空気、つまり流体の解析が必要になってくることから、NeumaticAIをこのソリューションに活用できないかという検討も進めているところである。
 昨今、異常気象などによって需要と供給のバランスが崩れ、電力需給がひっ迫するという局面が増えている。こうした状況を鑑みても、AIによる空調最適化はこれからの社会に大きく貢献するものだと考えている。