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短編小説

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彼岸

彼岸

海が見える。山も見える。果てしなく続くこの景色が、あと数日のうちに消え去ってしまうなんて、誰が想像しただろう。

「やっぱりここにいる」

聞き慣れた声に振り向くと、微笑む女の姿があった。

俺がここにいると、いつも決まって現れる。

「ここばっかりだね、最近」

「落ち着くんだ、ここが」

「もう今日が終わっちゃうよ」

「いいよ、また明日も来るから」

「そういう意味じゃなくて…」

「分かっ

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光芒

「なんなのよ急に」
そう言って僕の顔を睨みつける彼女を前に、何も言葉が出なかった。

日曜日、昼下がりの午後、穏やかなクラシック音楽が流れるカフェ店内で、僕と彼女は向き合っている。窓の外は、少し寒くなってきたこの頃に合わせて、ストールを巻いてみたり分厚めのコートを着てみたり、冬支度を始めた人々がわらわらと行き交っている。

みんな楽しそうだな、と目の前の彼女から目を逸らしながら思う。

「どういう

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追い風

「今日はどこ行く?」

スタスタと歩く彼の後ろ姿に声をかけた。が、何も返事がない。今日は少し不機嫌みたいだ。

今日は、というか彼はここ最近ずっと不機嫌みたいに見える。私のことを徹底的に無視するし、隣を歩こうとしてもどんどん先に行ってしまう。悲しくない、といったらウソになるが、彼が不機嫌なのは私にも原因があることを知っているので、何も言うまい。

子供たちのにぎやかな声で満ちている公園を横目に、日

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白燃ゆる

「…俺、次の試合勝ったら告白すんねん。」
「いやそれ死亡フラグやん。」
グラウンドで白球を追いかける彼の背中を思い浮かべながら、わたしはついさっき彼と交わした会話を思い返した。

彼が蒸し暑い校舎の中に、ましてこの教室に来るなんて、一体何事だろうと思った。普段なら絶対にありえない。この時間、いつも彼はグラウンドを走り回り、わたしはこの教室でひとり楽譜と向き合っている。今日もいつも通り練習を始めよ

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雪の彼女

まるでここだけ世界から切り離されているような、そんな孤独な道を、ただひたすらに歩いている。周りには木々が生い茂り、時折風に吹かれて揺れる。ザワザワというその木々の音が、ここから先に進むのは良くないことだと警告しているように聞こえる。

秋は少しずつ形を変えて、もうすぐ冬が訪れる。空気の中に見えない透明な粒子が混ざり込み、すうっと吸い込むだけで身体の中がきらきらと浄化されるような、そんな季節がやって

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空に吹く

屋上の風は、地上で感じていたものに比べると少し冷たくて、私の身体すべてに向かって四方からぶつかってくる。肩にかけている薄いストールが、強い風に煽られて揺れる。今、押さえているこの手を放したら、この布は一気に空へと舞い上がって、ここに戻ることはないのだろう。年末のバーゲンで買ったこのストールに特別な思い入れなんてないけれど、私は手を放せずにいた。

学校の屋上なんて、初めて来たかもしれない。学生の頃

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終焉の星

終焉の星

「星が消えるんだって。」

「なに、それ?」

わたしのベッドの横には、いつも同じ丸椅子が置いてある。

そこに腰かけて、慣れた手つきで真っ赤に熟れたリンゴを、器用にうさぎの形にしている彼が、静かに言った。

目線は手元の果物ナイフに落としたままだったので、彼がどんな表情でそれを言ったのか、いまいち私には分からなかった。

「はい、できた。」

「ありがとう。」

彼が差し出したリンゴを受け取って

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青い魚

「また言ったんでしょう」

「うるさいなぁ、もういいんだって。」

「言っちゃダメって分かってたでしょう」

「うるさいって言ってるでしょ。」

「ほんとあなたって…」

口うるさく話しかけてくる彼女を横目に、わたしは今塗ったばかりのペディキュアがヨレないよう、細心の注意を払っていた。

滅多に買わない真っ赤なペディキュアに何故か心惹かれ、そのままレジへと持って行ってしまったのが3日前。買ったその

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真夏の海は、朝にさよなら

「いつも!やりたいことがあるって言うくせに具体的な努力なんて何もしてないじゃん!そこが見てていらいらするの!今の時間は何の為にあるの?いつやりたいことをするの?今の会社も、仕事も、上司も、部下も、同僚も、あなたのやりたいことに何か関係があるの?今のあなたの生活は、やりたいことに繋がっているの?繋がってなんかないよ!この先この道を歩いて行ったって、どこまで続けていたって、一生やりたいことなんて出来や

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