県境を越えた「三遠南信」の10年後~リニア時代にふさわしい魅力づくりを
JR飯田線は、長野県辰野町から飯田市を経て、静岡県から愛知県豊橋市へと続く195・7キロメートルのローカル線です。以前、秘境駅で降りる臨時列車の旅を楽しみました。小和田(こわだ)駅では愛知、静岡、長野の三つの県境を一度に踏むことができました。そのとき思ったのは、県境に行政上の意味があっても、人々の交流をさえぎるものではないという当たり前のことでした。
(飯田線全線開通80周年で列車を出迎えるJR東海のみなさん。2017年8月19日、JR飯田駅で©aratamakimihide)
3県が接する愛知県東部の東三河地域、静岡県西部の遠州地域、長野県南部の南信州地域は、「三遠南信」と呼ばれています。古来より塩の道を通して往来が盛んでした。天竜川水系の流域経済圏として、山と海との交流を育んできました。圏域人口は247万人で都道府県に当てはめると14位。製造品出荷額は6位、農業産出額は7位という潜在力の高いエリアです。こうしたつながりから、1994年から三遠南信サミットが始まり、2月で28回目となりました。
(三遠南信地域連携ビジョン推進会議のHPより)
域内の八つの信用金庫主催の「三遠南信しんきんサミット」も2月20日に13回目を迎え、今年はWebで開催されました。スイス・ツェルマットなどで観光プロモーションを担当してきた山田桂一郎さんは、「コートダジュールやドイツのロマンチック街道のような地域全体の魅力を伝えるネーミングが大事」と指摘していました。三遠南信という呼称は、関係自治体や企業に浸透しているものの、観光や産業面で地域全体をイメージできるものではありません。
10年後の2030年の姿から今を見返していくことも必要です。東京・品川から名古屋市までリニア中央新幹線が開業すると、飯田市から東京へ40分、名古屋まで25分で行くことができます。リニア沿線の山梨県の甲府や神奈川県の相模原の沿線都市圏との県境を越えた交流にも弾みがつきそうです。また、リニア開業で東海道新幹線はダイヤ編成にゆとりが出るため、浜松駅や豊橋駅に「ひかり・こだま」が停車する本数が増えることが期待でき、東京や大阪への移動がより便利になります。
道路では、中央自動車道・飯田山本インターから浜松市の新東名高速道路・浜松いなさジャンクションにつながる三遠南信自動車道の工事が着実に進んでいます。さらに高速大容量の通信が三遠南信の生活圏を大きく広げていくことでしょう。
これからの10年は観光や食に加えて、豊かな自然に恵まれた学びの場としての優位性を訴えていきたいものです。飯田市は10年前から東京などの大学生が訪れて、住民と交流しながら学ぶ「学輪IIDA」(がくりん・いいだ)というフィールドワークの場を設けています。1月23日には学輪IIDAの10周年の記念セッションが開かれました。司会の石神隆・法政大学名誉教授は「2030年への10年は、日本でも大きな10年になる」として、飯田市の取り組みにエールを送っていました。
三遠南信全体で、生きた学びの場を提供できれば、リニアや自動車道、高速通信網の利用価値も高まることでしょう。マスメディアには「県版」という紙面の枠組みを超えて、県域を越えた広域住民を結びつける報道を期待しています。
「三」にちなんで、「晶」とか「森」のように同じ文字を三つ重ねた品字様(ひんじよう)で、三遠南信を表してみました。南信は果樹や航空機部品で知られ、東三河は花や野菜、遠州は自動車や楽器、ウナギなどが有名です。まさに「品」(しな)があふれています。その豊かな田園で学ぶために人が集まる「㐂」(喜び)。県境を越えた交流圏のモデルとして、三遠南信の名前も「轟」(とどろ)くことでしょう。
(2021年3月1日)