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小説「あん」の装画を描いた時、考えていたこと。

東京装画賞というイラストレーションのコンペで入選した、ドリアン助川さん著「あん」の制作過程を備忘録的にまとめました。

あらすじ

この小説は、町の小さなどら焼き屋に、働き口を求め、徳江という高齢の女性がやってくるところから始まります。彼女の作るあんのおかげで、店は繁盛しますが、徳江がハンセン病患者だという噂が流れると、客足は急に途絶えてしまうのでした。

読み進めていく内に、かつて、「らい病」と言われ、罹った本人だけでなく、その家族も偏見の目を向けられた時代、「らい予防法」という法律によって、幼い頃から施設で隔離され生きてきた彼女の壮絶な過去と、この法律が撤廃された今でも根強く残る偏見の中で彼女は生きていることが少しづつわかってきます。

一方、主人公であるどら焼き屋の店主、千太郎は、過去にちっぽけな大麻所持事件で捕まってしまった前科者で、この店のオーナーに借金を返すためだけに働いている中年の男です。はじめは軽い気持ちで、彼女を雇い入れますが、彼女の過去やハンセン病について知っていく中で、徳江の人生と自分自身のこれまでの人生を重ねていきます。

この物語の装画は何を描けばいいだろう?

僕は、この物語を、ハンセン病によって壮絶な人生の中でも、甘いものを作ることによって、生きる意味(希望)を見出し、これまで生き抜いてきた徳江とそんな彼女に出会い、少しずつ前を向いていく千太郎の希望の物語だと思いました。

この物語の設定:「春のどら焼き屋が舞台で、中年の店主千太郎が主人公のお話」であることを伝えつつ、希望を感じる前向きな雰囲気を伝えたいと考えました。

ラフ制作開始

下記は初期のラフ。
春の日差し、桜、千太郎、徳江の姿をうまく織り交ぜながら描けないかと検討していました。

まとめ1

初期のラフ案から、「前を向いて生きていこうとする姿を感じられるもの」という点で3点選び、カラーでイメージを探ってみました。

まとめ②

A案で描いてみよう

A案の「桜」や「どら焼き」を入れつつ、千太郎の後ろ姿が、彼の人生を感じさせてくれるのではいかと思い、こちらで進めていくことにしました。

下記は、タイトル文字との関係を考慮しつつ、店主の配置、服装などを検討しています。ちなみに、この段階で、徳江ではなく、女子中学生のワカナに変更しました。(年を重ねた徳江と主役の店主が並ぶと、店主の存在が弱くなってしまった気がしたので。)

ちなみに、ワカナは、よく店にやってくる女子中学生ですが、他の子と違いどこか寂しげで、物語の後半では、千太郎とともに、徳江の施設を訪れたりします。彼女は、この物語において、未来への象徴のような役割も果たしているように感じたので、彼女を入れようを思いました。

まとめ3


右側の表紙に何を描くか。
左側のメインの表紙がある程度固まってきましたが、右側は、実は全く、何を描くか決まっていませんでした。

はじめ、ワカナが店に連れてきカナリヤを考えていました。
このカナリヤは、小説の中で、幼いころから、ハンセン病で施設に隔離され生きてきた徳江と重なる存在として書かれているようでした。
なので、描いてみたのですが…。

画像4

なんか、しっくりこない…。
全体の色も、右と左でなんか、バランスが悪い。
店主の姿勢も、なんだか、のほほんとしてる。(左側も直さなきゃ!)


僕の場合、うまく画面がまとまらない、「なんか、おかしい。」と感じている時は、描写力以前に、何を一番伝えたいのかが整理できてない場合が多いので、いったん冷静になって、今回一番伝えたいこと「どら焼き屋を営む主人公の抱えている過去、これからの希望」を伝えられるように集中しようと、気持ちを切り替えました。

どら焼きづくりの道具

その基準を元に、最終的に右側に描くことに決めたのは、丁寧に手ぬぐいの上に並べられた、どら焼き作りの道具でした。

これは、徳江が亡くなった後、道具一式を形見として受け取るシーンから考えたもので、徳江と主人公を結び付けた「あん作り」の大切なモチーフだと思ったからです。

そう決めたことで、装画全体のメインカラーを、「あん」の小豆色に統一する案を思いつきました。

店主の姿も、腰に手を当て、少し猫背気味に、外の桜に目をやっている様子に変更しました。けだるいけど、徳江に出会ってからのちょっと、前向きな感じをだしたいなと思いました。

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最終的に、陰影や手ぬぐいの柄などを追加して以下のように仕上げました。

8 2 一次審査用75dpi

199_泉瀧 新_01 1080 2

199_泉瀧 新_01 1080 3

装画を描いていくと、ラフの段階では、わかっていなかった、自分が本当にこの本で惹かれた部分に気が付いていくような気がします。それが装画を描く楽しみになっています。ただ、自分はまだ、実際の装画のお仕事をしたことがないので、個人的な読書感想画のようになってないかなと心配ではあるのですが…。

僕は、人知れずひっそりと、自分の人生を生きている人が描かれた作品にとても強く惹かれるので、今後、そういった作品をメインに様々な装画を描いていけたらなと考えています。

長文読んでいただき、ありがとうございました。

ちなみに、C案でも描いています。よろしければご覧ください。

instagram:  https://www.instagram.com/arata.izumitaki/

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