出会い 1話

 地方から上京してきた僕にとって東京の春はあまりにも冷たかった。

 そんな頃に僕は彼に出会った。東京のある大学に入学した僕らはオリエンテーションという退屈な通過儀礼のようなもののために校舎の隅のほうにある教室に集められていた。これから始まる大学生活に希望と夢と幻想を抱きながら様々な男女がはしゃいでいる。そんな男女を軽蔑と羨望を織り交ぜたような目で校舎の隅の教室のさらに隅の机から一人眺めていた。
「せっかく彼女と別れてきたのに」
 僕と同じで誰とも馴染めず、この教室が牢屋であるような気にさせる絶望の表情をした彼が僕の隣に座ってきた。その瞬間、僕らの二人掛けの机の周りに鉄格子が立った。ように感じた。それほどまでに僕らはこの始まったばかりの大学生活に絶望していたのだ。
「まだ始まったばかりじゃん」
 なぜか直感的にこの男とは仲良くなれる気がすると思った。青いスーツに茶髪という派手な格好に絶望的に暗い表情があまりにも対照的であるにも関わらず彼にはどこか似合っていたからだと思う。
 まもなくして通過儀礼が始まり、様々な書類を事務的に処理するにつれ彼が島根県出身で僕と同じ地方出身であるということを知った。
「島根県ってかなり田舎じゃない?」彼の住所を書き込んだ書類を見ながら聞いた。
「生まれは千葉だから」彼は僕の方を見て答えた。
「え、だから何?」今度は僕も彼を見て聞いた。
「田舎者ではない」彼は答えた。
 果たしてそうなのだろうか。都会で生まれたからといって幼い時から田舎で生活していれば田舎者ということにならないだろうか。そして僕は田舎者であるかなんて聞いていない。第一、僕も田舎者で、自分と同じような環境で育ってきたのか知りたかっただけなのだ。ということは田舎者かどうかについて聞いたことになるのか。そういうことを考えていたらいつの間にかプリントが回収され、オリエンテーションという通過儀礼が終わっていた。そして僕と彼は田舎者同士、友達になった。

 外に出ると東京の春が少しだけ暖かくなっていた。

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