【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第63話

「こうして四夫人が揃った事を慶事とし、皇妃と共に内々の茶宴を用意した。思えば他の宮の貴妃や三嬪も、催事以外で顔を合わせて談話する機会も少なかろう。皆にとって良き機会となればと思う」

 藤色髪、紫紺色の瞳をした我が国の皇帝陛下が、まずは主催の一人としてご挨拶。

 私の法律上の夫である陛下は、約束通り沙龙サロンを催してくれました。あくまでお茶と菓子のみの歓談。勿論、目的は顔合わせですよ。

 陛下は宝玉を持った五本爪の龍が肩口に刺繍された長衣を羽織っています。ですが朝廷で着る礼服よりずっと身軽。他に招かれた殿方三人も同じような服装です。皆、陛下に合わせているのでしょう。

 男女共に、それぞれ関係する夫人の宮を象徴する色に合わせ、腰帯に身分を示す佩玉はいぎょくを着けております。

 初代の感覚からすれば、清国風の豪奢な根付けですね。平たく丸い、ぎょくと呼ばれる細工物の盤に、房を垂らした根付けです。

 玉には皇帝が5本爪の龍が、皇帝の妻であるわたくし達四夫人は四神しじんを描いております。皇帝の公妾である三嬪は、四夫人の宮の象徴花、四公と呼ばれる朝廷の政の柱を務める三人の殿方達は麒麟です。

 今は皆、玉の素材を翡翠で統一しておりますが、国をあげての催事では各役職に見合った色や素材を用います。それはまた、その時に。

 ちなみに四公のお一人である劉蔚芳リュウ ウェイファン大将軍は、帝都以外の軍事を司る長。それ故に本日は欠席です。帝都ではない場所にいらっしゃるのでしょう。

「皇貴妃として幾年月か流れました。貴妃も三人となり、三嬪もいる後宮は、何とも華やか。故に、陛下が皆を愛でる席を設けられた事を、主催の一人として嬉しく思います」

 朱色の服を纏う皇貴妃が、陛下に続いて挨拶をします。黒髪に朱が映えて、とてもお綺麗。

 しかし言外に告げる言葉は、上から目線。綺麗さとは、ほど遠いですね。

 長年、自分ばかりが夫と過ごしていた。いつの間にか陛下の女を名乗る者が増えて姦しい。しかし気を利かせて、自分が見ている前でなら夫に観賞くらいはさせても良い。

 そんな内容です。皇貴妃の翡翠色の瞳も、全く笑っていません。にこやかさを顔に貼りつけているのみ。

 しかしそれは他の者達も同じです。私を除く総勢10名の貴賓達と、それぞれの後ろに立つ各宮の筆頭女官達。皆が皆、終始にこやかな仮面を貼りつけております。

 私ですか? 私は年齢に相応しく、ただ楽しむのみ。にこやかさではなく、ニコニコしておりますよ。

 私の座る卓を挟むようにして、長卓が二つ。皆、上座から下座に移るにつれて入宮順に座しております。陛下は当然に上座です。

 三公と皇貴妃達の座す長卓、そして三貴妃と三嬪の座す長卓で左右に別れて対面しております。皇貴妃は三公より下座となっております。

 お気づきになりましたか? 何故なにゆえ、私が無邪気にニコニコと微笑んでいるのか。

 北の宮を象徴する色は、黒。黒の衣を纏う私は、同じくを纏う陛下の隣に座しているのです。

 一番の下座に座るべき新参者。更に私の後ろ盾は、後宮の夫人と嬪、下手をすれば女官と比べても最も弱い、下っ端。なのにちゃっかり上座に、それも国一番の権力の象徴たる皇帝陛下の隣。

 なんと違和感極まりない構図でしょう。

 茶宴が始まる前。梅花宮、春花宮、夏花宮の主である三嬪と、全ての筆頭女官達は顔を顰め、私を睨みつけました。今も視線だけは厳しいですよ。

 丞相を除いた二公は、逆に冷めた視線を私へ向けております。値踏みでもされているのでしょうか。

 もちろん私は、この場にいる全ての者達と目が合う度、年相応の無邪気な笑顔で微笑み返します。

 しかしその後は毎回、夜の売れっ子娼婦の色を浮かべた顔で、隣の夫に艶のある微笑みを向けて差し上げます。

 おや? 皇貴妃の隣の丞相は、涼やかな顔で肩だけ揺らしていませんか? 内心は大爆笑ですか? 楽しそうで何よりです。

 実は私、陛下に提案していた事がありました。それが私と陛下との二人新婚夫婦で各貴賓達へご挨拶をする事です。

 しかし皇貴妃によって棄却されてしまいました。代わりの案が、この席次です。

 こちらの方が色々と垣間見えて良うございますね。皇貴妃にどのような意図があったのか。それは聞いておりませんが、素晴らしい采配です。

 あら? 私の後ろを睨む者が……。

 私の後ろに控えるのは、藍色の衣を羽織っている筆頭小雪シャオシュエと、護衛仮採用中の大雪ダーシュエです。

 睨んでいるのは、未だに肩を揺らす丞相の義妹、凜汐リンシー貴妃です。睨む対象は、ダーシュエの方でしょうか。

 しかしリンシー貴妃の他にも、ダーシュエにそれとなく視線を向ける者が……。

「それでは皆、良きひと時を」

 などと私が他へ感心を向ける間にも、陛下が開始を告げました。茶器の乗った一人用の茶盤が、筆頭女官により運ばれてまいります。

 今回の趣向の一つですね。茶器は工夫茶器という類のものです。茶の味だけでなく、香りも楽しめます。

 茶盤は湯を捨てられる構造です。

 初代お馴染みの急須にあたる茶壺ちゃふう。回し入れる事なく、お茶の濃さを均一にする為に一旦、茶壺からお茶を移す茶海ちゃかい。香りを堪能しやすくする為の、筒状湯呑みのような形の聞香杯もんこうはい。お茶そのものを味わう為の茶杯ちゃはい

 茶盤にはそれらの茶器が乗っています。

 茶器は全て小ぶりです。茶杯ちゃはいは銀製、それ以外は全て白磁の器です。最後に口へ含む茶杯が銀製なのは、毒を警戒してのこと。この場にいる者は、全て国の要人ですからね。

「茶葉は北領で採れた黄茶。胃にも優しく、爽やかな香りを楽しめます」

 そう言いながら手早く皇貴妃が淹れ始めれば、皆それに続きます。

 そしてそれを合図に、餌役である私は餌にされる事となるのです。

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