【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第19話

「……人を寄こす」
「必要ございません」
「いい加減にせぬか、小娘!」

 私の問いに、陛下はムスッとしたお顔。ですが気を利かせてくれました。

 とはいえ私がその厚意を受け取る必要はございません。

「私の命がかかっている事に、一体何をいい加減にせよと?」
「はぁ。陛下、落ち着いて下さい。滴雫ディーシャ、どういう事か説明なさい」

 頭が痛そうなお顔で陛下を諌めた皇貴妃は、改めて私に向き直ります。

「現在わたくし個人が支払った持参金、フー家の献金は全く有用に使用された形跡が見られません。また、先に送った調度品等々も紛失されたまま」

 皇貴妃の後ろに控える女官達達を観察しながら話してみれば……口元を隠す者、口元をニヤリと引くつかせる者がチラホラと。

「持参金に至っては、この離宮を新たに建て直しても余りある物であったはず。なのに現在、どのような状況か分からず仕舞い。人手について後宮側で用意するとの事でしたが、下女の働きすらせぬ、そこの破落戸が一人来るだけ」

 破落戸がビクリと体を震わせましたね?

「そうそう。調度品に関わる全ての資料ですが、もう揃いましたよ。しかし大変申し上げにくいのですが、明らかな盗難の証拠が出てまいりました。そのように手続きしても、よろしいかしら?」

 口元に何らかの動きを見せた者達。今度は眼球を揺らしましたね。

「そこの破落戸が身につけている装身具。幾つかありますが、私の物ならば石と金具の間に製造番号をふって販売されております。もちろん他の者が私の物を、知ってか知らずか身につけていたとしても同じく。更にそのどれもが一点物。誤って身につけたなどと言い訳するのは難しいかもしれませんね。加えて私の物なら絵にしており、使う宝玉から金物の形まで事細かく描かれております。すぐに判別できてしまうでしょう。そうなれば言い逃れもできません。その者が仕える主にもまたご迷惑がかかるのではないでしょうか?」
「!!」

 それとなく気配を消していたのに、声にならない声を出しては意味がありませんよ、破落戸。貴女の手首と耳についているは、そういう類の物です。

 ついでに眼球を揺らした者達は、皆等しくお顔を凍りつかせましたね。

「その上でそこの者曰く、新たに私の資産を用いてこの離宮とやらを建て直すなり、好きにしろとの事。そもそも私の調べでは破落戸が離宮と称したこの場は、正式には廃宮のはず。昨夜の陛下のご様子では、一夜にして正式な離宮とする手続きすらされてらっしゃらないのでは? して、貴妃に廃宮を与えるとはこれ、いかに? 廃宮の扱いとは、無いものとして登録せし宮。無い物を与えるのが後宮として、どのような意味を成すのでしょう? 与えるのならば、せめて再登録なさってからでは? なれど未だ現状の調査一つ無く、資産価値が無いまま。なのに与えるとは、これ如何に? それをこの破落戸に問うても、やはりさっぱり解らず。最後は逆上し、逃走しようとする始末」
「ふ、ふざっ、ち、違います! 皇貴妃様、私は……」
「何故そなたが勝手に話しかける? そこにひれ伏し、黙っておれ」
「そん……はい」

 何故かしら? 皇貴妃に救いを求めに行くのは、わからなくもありません。

 ですが……違和感? 皇貴妃の目が随分と剣呑ですね?

「そのような者が昨夜に引き続き、私の前に来て後宮の責任者より命じられたと申したのは、これ、如何に? 以上を踏まえ、改めて申し上げます。少なくとも昨日さくじつより私の身分は正式に貴妃。どなたかが認めずとも、法で認められた皇帝陛下の伴侶」

 陛下が睨みつけてきますが、無視します。もちろん陛下の後ろで愉快そうにしている丞相も。

 ですが私も、皇貴妃やその後ろに控える者達と同じく、剣呑なる光を宿したいものです。

 もちろん致しませんが。

「そして私に傷を負わせ、このように不衛生な場とご存知のはずの私の夫は、つい先程まで妻を放置し続けました」

 あらあら、陛下から覇気が漏れ始めましたね。わざとではないようですが。

「一体何をどうすれば、何者かが薬と称する物を、何者かわからぬ者に言われるがままに信じて、この首を差し出せと仰るのでしょう? こちらに参ってやっと丸一日。この短い時間の間に、小娘の許容量を超える仕打ちを受けただけの事。寧ろこの程度の傷など気にならぬ程に些事と感じても不思議ではございませんでしょう?」
「っ、こいつ……」
「わかりました。ではそのままでいらっしゃい」

 皇貴妃は笑えば可愛らしいお顔でしょう。

 ですが今はとても冷たいものになっております。事実しか告げておりませんが、どうやらご不興を買ってしまったようです。

 ならば素直にを伝えて、引く事に致しましょう。

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