【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第41話

「それでは俸禄の七割を半年間、滴雫ディーシャ貴妃へ渡るよう手続きしますね。貴女達も、そのつもりで」

「「はい。お心を砕いて頂き、ありがとうございます」」

 破落戸達は随分と大人しくなりましたね。かなりの割合ですが、慎ましやかに生活すれば問題ありません。元々、後宮の俸禄は庶民と比べて額が多いのですから。

 もちろん見栄を張る後宮仕えには、俸禄が満額あっても足りぬ額。仕える主や生家からの差し入れで賄っています。

 その点、破落戸達の生家はそれなりの家門。そのように宣っておりましたもの。七割差し引かれても問題ないはず。

 何より……。

「言葉そのままの意味で、首が繋がっている事に感謝なさい?」
「「…………はい」」

 命あっての物種でしょう?

「それから私には、とても重大な夫人としての責務があるの。特に新婚なのだから、そちらに専念したいわ。意味、わかるわよね?」
「…………はい」

 恥ずかしげに片手を頬にやり、ちょちょっと息を止めます。即席でほんのり赤い頬を演出です。ほぅっと色を意識し、息をゆっくり吐き出します。

 これ、娼館でもなかなか好評な手技ですよ。

 それにしても陛下の頬がピクピクしていますよ。自意識過剰過ぎませんか? 陛下への惚れ要素など、私の中で皆無ですよ。何度言えばわかるのでしょう? 陛下に求める演技が、ただ黙って無表情でいるだけで、ようございました。

 丞相。あちらを向いておりますが、肩の震えが隠せておりません。

「こちらの状況が落ち着けば、同じ妻たる貴妃には私の方からお伺いするわ。挨拶は一番年も若くて、真新しい者からするのが礼だもの。妾は……必要な時にでも連絡するわ。それも含めて、貴妃にはお互い妻として、嬪は妾として、互いに頑張りましょうと言伝なさい」

 ふふふ。破落戸達は睨みたいのを、とーっても我慢しているのが見て取れます。表情の訓練をなさった方がよいのでは?

「それでは去りなさい」
「「…………はい」」

 震えを脱却した丞相が声をかければ、破落戸達はすごすごとこの場を去りました。

「小娘……確実に反感を買ったぞ」
「左様ですね。陛下がこちらにいらした事実に、重鎮方も反応を示していただけると良いですね」
「はぁ。もっと自分を大事にすべきであろう」
「回収できる物はできるだけ回収し、然るべき時に出て行きたいのですから仕方ありません。それとも今すぐ……」
「さあさ、同じ問答は置いておいて、中に入りましょう」

 あら、氷の麗人はこのやり取りに飽きてしまわれたのでしょうか。もう肩を震わせる素振りも見せませんね。

「それで、情念置き場とは何です? あの金の延べ棒を何故あのように使ったのですか?」

 丞相は中に入った途端、目を輝かせましたね。笑いより、そこに興味を持っただけでしたか。

「ふむ。窮奇や四凶という言葉を、お聞きになられた事は?」
「キュウキにシキョウ、ですか?」
「どこかで……そういえば、手記に……」
「手記? そんなもの、どこに?」
「ああ。何者かの手記らしい、古い書だ。先の王から色々と引き継いだ時に渡されていてな」

 訝しげな丞相ですが、幾ら竹馬の友であったとしても、王の引き継ぎの内容まで把握できないのは当然です。

 だとすれば二代目である私の、パトロンだった陛下の物かもしれませんね。碌な事は書いていないような……。

 更には窮奇、もしくは四凶という存在がこれまで無かったか、今後認知されるかもしれない事態が発生している?

「それで、陛下は宿題の答えを出せましたか?」
「ああ、この宮の廃宮に至った経緯はな。お前は何故なにゆえそれを知っておる? そして他に何を知っておるのだ?」

 どうやら子猫は視えても、奥の先人は視えていないという事でしょうか。

「ふむ……肝心なのは私が知る内容や、その理由ではありません。どこから歪んだか、誰が何の目的で歪ませたのか、なのですよ?」

 歪んだ原因など察しはつきます。かつての後宮の責任者と、この宮の主が絡んだ愛憎でしょう。問題はそこではありません。

「手の内は明かさぬと?」

 すっと殿方達の目が細められました。

「私が明かしたいと思うに足る事。お二人はなされまして? この数日で、元々無かった信頼はゼロよりも下をいったとお思いになりません?」
「分が悪いとは思いませんか?」

 丞相はそれとなく脅していますか? だとすれば、今後のお付き合いの仕方。いよいよ変えねばなりません。

 既に入宮前に手は打っております。準備を念入りにしておいて、ようございました。

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