書籍化・WEB版【稀代の悪女、三度目の人生で……】(一章)6

「むしろ早く差し替えを承認しろよ、このグズ、とすら前々世の血縁者に言ってしまいたいわね」

 まあまあ? ついうっかり、またまた独り言ね。それにお口が悪いわ。

 ごめんなさいね。前世は子育ても終えちゃった孫や曾孫持ちの庶民なの。時折のお耳汚しはどうぞご容赦下さいな。

 それはそうと、勢力的にも過去の背景からもロブール家の血を王家に招きたい気持ちはわかるのよ。そういう意味でも私と差し替えるならシエナが適していると思うわ。

 なのに何がどうなったのか、特に学園を中心とした多くの人達は私が婚約者の立場にしがみついていると勘違いしているようなの。私は婚約に関する事で何かを望んだり、邪魔した事はこれまでの人生においてないのよ。ただの1度もね。

 婚約前も、その後も。

 王女だった前々世も、公女の今世も。

 ただねえ。まだ婚約を解消もしていないのに、王子は婚約者である私の義妹を侍らす節操なしだし、浮気相手と一緒になって周りを煽るように正式な婚約者に悪意を隠しもせずにぶつけるのは、いかがなものかしら? 特にこの世界の貴族はあっちの世界の日本とは比べられないくらいに貞操観念がカッチリしてるもの。

 現実でどこまで手を出しているか、ではなく、既にお手つきになっているんじゃないかって思わせる事が問題なのよ。

 まあ三十六計逃げるに如かずがバイブルな私も悪いわね。けれど現実問題として実は魔力も十分、魔法も好きに使えちゃって大魔法師と呼ばれている父親よりも多分強いのよ、ラビアンジェ=ロブールは。

 何より前々世では王女教育も早々に終えていたわけだし、異世界の知識も併せ持ってしまった私が無才無能なはずがないじゃない?

 あ、優秀とまでは自分で言わないわ。元日本人だし、そこは謙虚に慎ましく、それなりに経験があるとでも言おうかしらね。

 王女経験、社会人経験、出産育児経験、老後経験……ふふふ、多彩でしょ。

 それに今世の私も実は聖獣ちゃんとも愉快な仲間達とも仲良くしてるのよ。

 だからね。バレたらまた使い倒される人生が決定しそうじゃない? そんな人生は前々世王女だった1度で十分。 

 まあ、だから、そうね。私の前世が享年86才のお婆さんで本当に良かったわ。

 王女の時と同じく悪意まみれの周辺環境のはずなのに、あの時のように心が傷だらけになったり、人に対して恐怖を感じて萎縮する事がないの。

 だって合う人もいれば、合わない人もいるってもう知っているもの。合わない人にこちらが無理に合わせる必要はないし、無理に合わせても疎遠になる時間が先送りされているだけで時間の無駄だと普通に思えるの。

 それが家族であっても他人であっても同じだわ。特に他人の悪意なんて小鳥のさえずりね。

 前々世にも前世にも合う人はいたのだから、今世でもそのうち合う人がでてくるって確信しているわ。

 それに生きていれば皆環境が変わっていくでしょ。時間を置いたら合うようになった、なんて事もあるもの。

 もちろんその逆もね。

 ほら、仲の良いママ友だったはずなのに、子供が巣立って改めて見回したら、あら不思議。お互い連絡先も知らないくらい疎遠になってた、なんてよくある話じゃない?

 慌てて無理して取り繕う人間関係なんて、今世の私の人生では無駄でしかないわ。

 だってあの穏やかな人生を終えた前世が忘れられないもの。思い返すだけで、涙が出る程に幸せで。

 だからごめんなさいね。今世の私は今度こそ、自分の為だけに前々世と同じく無才無能として生きるわ。

「明日の学園が楽しみね」

 そうして眠りにつく。

 きっと明日はあの孫、じゃない、あら? 王女だった自分からすると、かの浮気王子は何と言うのかしら? まあ孫でいいか。孫が噛みついてくるはずよ。

 うふふ、孫だと思うとちょっと可愛らしいわね。

 前世でも甘やかしちゃったのよ。お陰か最期は看取りに来てくれたの。

 ああ、あの子達元気にやってるのかしら? どうか穏やかで実りある人生を生きて欲しいわ……。

 ……なんて思ってる間に朝が来たわね。今日も1人で支度をして、徒歩で登校よ。30分程で着くの。ちなみに健脚だと自負しているわ。

 お兄様や従妹で義妹は四公の公子公女らしく馬車通学よ。将来足腰の弱った老後を送らないか元お婆ちゃんはちょっぴり心配ね。

 そのまま歩いて正門から入って、ほとんどのクラスメイトが揃った教室に向かう。いつも通りの朝のルーティンワークよ。

「ラビアンジェ=ロブール!!」
「ふふふ、ほらね」

 清々しい朝の教室では怒鳴らなくてもちゃんと声は通るのよ?


※※後書き※※
ご覧いただき、ありがとうございます。
こちらの作品は数年前に思いつくがまま、他サイトに投稿し、運良くカドカワBOOKSの編集者様に拾われた作品です。↓

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