【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第2話

「ばぶぶぶー! あばばばばばばばー! ばぶばばーっば!」
(何てことでありんしょう! 今世も女子おなごに産まれてしまったでありんすか! あちきはつまらんでありんす!)

 はっ!? 初代の口調になっているでありん、ではございませんね。

 ほほほ、せめて一つ前。転生人生二代目の口調に戻しましょう。

 といっても現実は、バブちゃん語ですが。

 オギャーと産まれてはや数ヶ月。フニャフニャだった脳みそが、幾分しっかりしたのでしょう。

 わたくしは現在進行形かつ急速に、この世界が一つ前の前世二代目と同じ、けれど恐らくは先の時代だと理解致しました。

 そして自分が奇しくも、三代続けて同じ性別である事も……残念ながら……。

「ぶーぶ、ばぶっふー」
(あーあ、またですか)

 コロンと寝転がったまま、天蓋付の寝台でヤレヤレと首を左右に振ろうとする。けれど首は据わったばかり。このヤワ首では無理があったようです。

 ギュン、と頭の重みで素早く右に向いたまま……何という事でしょうか!? 頭を動かせなくなってしまいました!

 元に戻そうにも、プニプニ頬っぺが柔らかな枕にめりこんで動かせません! 危機! 斜め絶壁が出来上がってしまう、人生の危機!

 頭の形は将来大切です! 二度の人生では、殿方達は丸っとした撫で安く、手触りの良い頭を好んでおられましたもの!

 薄布の向こうに竹梅ちくばいや、蓮を優美に描いた壁が見えようとも、私の危機感は増すばかり! ジタバタもがくも、まだ寝返りすらできない身の上では、なんと難しい事でしょう!

「ばばぶばぁー!」
(どなたかお助けになってー!)

 無我夢中で助けを呼べば、薄布が小さく揺らぎます。

「まあまあ、今日は朝からたくさんお喋りができるようになったのね。おはよう、可愛いディー」
「はっはっはっ、うちの滴雫ディーシャは将来才女としてその名を轟かせるに違いないね」

 私に優しく語りかける、寝衣姿の男女が現れました。懐かしさを覚える髪と瞳の色を持つ方々は、私を覗きこんで微笑みます。

 とは言え私が横たわるこの寝台は、この方々と同じ寝室にございました。乳母に任せきりにせず、なるべく自らの手で育児をしたい、との意向でしょうか?

 それより早く救出して下さいまし? 私の頬っぺをツンツンより重要ですよ?

「ばぶばぶぶばばばー……」
(今世もまた親バカ……)

 思わず呟けば親バカその一。今世の父親がわたくしをヒョイと抱き上げ、やっと救出して下さいました。

 起きぬけですからね。愛おしそうに淡赤桃色の目元を細めて腕に抱く私を見下ろすお口の周りは、無精髭がほんのり自己主張。焦茶色の短髪もボサボサで、美丈夫が些か残念なことに。

 私の首が据わり、少しばかり体の軸がしっかりしたのもあるでしょう。

 ヤワ脳が微かに覚えている記憶では、フニャフニャな新生児の体にぎこちなかった無骨な手。今ではすっかり慣れて、抱っこに安定感が出ております。ようございました。

 怖々抱かれると、こちらも恐怖心を覚えて泣いてしまいます。私、まだまだ感性で生きる赤子ですから。何でも泣いて自己主張してしまうのは、前世で経験済みです。

 ふと二度に渡る人生の両親達へと思いを馳せます。

「ばー、ばばばばぶーぶぶー」
(まさかの、またまたまた没落道に陥ったり……しませんよね?)

 嫌な汗が背中を伝いますが、決して新陳代謝が激しいからではございません。

「この子の為にも、僕はこの領を発展させる!」
「あなた、頑張って!」

 豊満なお胸をたゆんと揺らして夫に発破をかけるのは、私の母親です。二代続いた人生で、人の美醜に敏感な私が太鼓判を押しましょう。濃い緑色の瞳と銀髪が映える、艶やかな美妻です。

滴雫ディーシャ、パパ頑張るからね!」

 父親は言うだけ言うと、ついでとばかりに私の柔らか頬っぺへ……頬ずりを!? 無精髭が自己主張しておりますのに!?

「ばばばばー! オギャー!」
(お髭が痛いわー! オギャー!)

 渾身の泣きをお見舞いです!

「ごめんよぉ」
「ふふふ、こちらへいらっしゃい」

 自分の髭が凶器だと自覚する父親。

 謝っても痛いものは痛いのですよ!

 対して私が助けを求めた事に気を良くしたのか、母親はほくそ笑んで私を抱き締めてあやします。

「あー、あばぶー。ぶぶぶぶばばばばば」
(はー、まあよろしいわ。今世の父親は、まともに働いてくれそうですもの)

 ひとしきり泣いて、気がすみました。

「あばぶっぶー。ぱーぱ、ぶっぶっぶっぶー。ばばばばばーぶぶぶー」
(それなら少しは愛想をふりまきましょう。爸爸パパ、頑張ってくださいまし。体がもっとしっかりしたら、鼓舞を披露して差し上げますからね)
「パパって言った! うちの子は天才だ!」
「気のせいよ、あなた! 絶対妈妈ママを先に言ってくれるわ!」

 朝からなんとも賑やかで、親バカな両親です。

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