【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第32話

『ちょっと。本当にこんな所に性悪貴妃が入って行ったんでしょうね』
『は、はい! 確かに……』

 ふむ。招かざるお客様が侵入したようですね。性悪貴妃というのは、わたくしの事でしょうか? 心外ですよ。何もされなければ人畜無害の良い子です。

「ガウッ、ガウッ、ガウニャ〜」

 あら? 唐突に子猫が狼程の大きさに成長しましたね? 酔ったようで、ゴロンと転がってお腹を見せます。これは構ってちゃんポーズというやつですね。

「可愛らしいこと」
『こ、声がしたわ! ほら、貴女が先に行きなさい!』
『えぇっ?! 幽霊が出ると評判なのですよ!? せめて一緒に……』
『嫌よ! 私だってこんな所に来たいわけじゃないの! 貴女の方が生家の爵位が低いんだから、言う事を聞きなさい!』
『そんな!? ……くっ。ハイハイ、わかりましたぁ!』

 どうやら私に用がある様子。こちらに来るつもりのようです。わざわざ迎えに行く必要はありませんね。

 それにしても何を怖がっているのでしょう? 幽霊が出るのですか? 最後の言葉にはどことなくヤケクソ感が滲み出ておりましたが。

 バタバタと足音が大きいのは、恐怖を紛らわせているとか?

「子猫ちゃん? もしかして酔っ払いましたか?」

 とはいえ知った事ではありません。そもそも誰に断りを入れて、この宮に足を踏み入れたのだか。やはり後宮には破落戸も住みついているのですね。

「ガウニャ〜ゴ」
「ふふふ、可愛らしいですね」

 顎の下にある上廉泉じょうれんせんというツボを刺激しながら、押し撫でてあげます。喉がゴロゴロと鳴り始めましたね。このツボを押すと、人も動物も心地良さを感じるようです。更に人ならば二重顎にも効くとか。

「お、おりました! さあさあ、お早く用件を済ませて、幽霊宮を脱出しましょう!」
「ちょっとファン女官! 押さないでよ! 言いがかりつけて罰せられるだけじゃなく、呪われたらどうしてくれるの!」

 なかなか、けたたましい登場ですね。やって来て早々、なかなかの失言を連発させてますが、やはりこの二人は女官ではなく破落戸ですね。

「これを受け取りなさいませ! 我が主であり、三嬪がお一人であられる梳巧玲シュー チャオリン様より、茶会のお誘いです! 明日、春花チュンファ宮へ起こしになられませ!」

 生家の爵位が上とやらな破落戸の一人が、ツカツカと勢い良く私の元へ突進し、勢いのままに文を押しつけます。

 何かに怯えているようですが、私達の間でゴロンとしている大きくなった子猫には目もくれませんね?

 シューとは生家のお名前です。侯を爵位に持つお家柄で、梅花メイファ宮(東宮)の凜汐リンシー貴妃と丞相の生家であるフォン家と、ご縁がおありです。確かご当主方が従兄弟の間柄。

 皇貴妃や貴妃である私達四夫人は、陛下との婚姻により姓がワンに変わっております。なので後宮で私達を呼ぶ場合には、肩書きか名前となります。

 ですが、嬪は皇帝の妾。なので肩書きか、生家の姓で呼ぶのが慣習となっております。

「ウニャゴ〜」
「「ヒィ!!!!」」

 唐突に、子猫が低い鳴き声を上げ、破落戸達が悲鳴と共に飛び上がりました。

 二人が子猫に反応したのは、これが初めて。となると子猫はやはり妖の類のようです。

 のそりと立ち上がった子猫はグルグルと喉を鳴らし、どことなく機嫌のよろしい相貌で二人に近づきます。まるで餌を見つけたよう。

 しかし、もし私の予想が正しければ二人は無事……。

――ザリュ。
「ひぎゃああああ!」

 爵位が上とやらの破落戸は騒がしいですね。ザラザラの舌で、ほんの少し手を舐められ……。

――ドサッ。ザリュ、ザリュ、ザリュ。
「ひぃぎゃああああ!」

 押し倒されましたね。狼くらいの大きさになった子猫。今度は顔を舐め始めました。

 猫の舌はザラザラです。大きくなって、更にザラザラ具合が増したのでしょうか。破落戸の顔が赤くなってきています。痛そうなので、ちょっぴり同情して差し上げましょう。

 それにしても顔を舐めまわす子猫は、何故ああも、うっとりしているのか。流石に変態が過ぎますよ?

「ヒィィィ! いた、痛いぃぃぃ! お助けぇぇぇ!」

 悲鳴がうるさいので、そろそろ止めようかと思ったところで、ある事に気づきました。

 子猫は破落戸の纏うを舐め取っているのはではないかと。

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