【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第16話

『弱すぎます』
『端的すぎませんか? もう少しつけ加えて下さい』
『貴方様は丞相であり、生家はフォン公家。しかし残念ながら現皇帝が戴冠した際に出世を見込まれ、本家へ養子入りさせられた分家の子供に過ぎません。何よりフォン家は未だにご当主もご健在。その上、血の繋がりのあるご令息は三人おられます。成人して久しい上のお二人は、既に要職についていらっしゃる。血の繋がったご令嬢であられる、癇癪持ちの凜汐リンシー貴妃を後宮入りさせたのも、そうした背景からでしょう。貴方様の理想とする皇帝陛下の伴侶に、かの貴妃が必要とは思えません。仮に丞相の任を解かれたら、フォン家との養子縁組も解消させられるでしょう。ある意味、限定条件下にて成り立つ本家が有利な関係。丞相が油断なさらず、息災な内は問題ないでしょう。しかしそうでなくなった時の足元は、とても不安定。そして私の後宮入り前の姓は、貴方様の生家の力が及ばぬフー伯家のまま。本来ならば力のある家門、少なくとも爵位が侯以上の家門と私を養子縁組させたた上で、入宮させようとなさるのが普通かと。なのにそうなさる気配はない。となれば、考えられる事など絞られましょう?』

 そこで区切って押し黙る。微笑みを浮かべたまま、特に続けるつもりもないようだ。

『最後まで言ってくれてかまいませんよ』
『致しません』
『何故?』
『そちらの方が、私には利がありそうです』
『なるほど。何故そう思うのか、お聞きしても?』
『貴方様は質問に質問で返されるのは嫌う方。そして自らが常に優位に立ち、お話しされるのがお好きな方。なれど……あまりに手応えがないと興味を失う方。手応えがあり過ぎると、逆に手折りたくなる方』
『端的には?』

 興味本位からそう聞けば、実に小気味よい返事が返ってきた。

『傲慢、利己的、偏屈、加虐趣味』
『ぶふっ』

 思わず吹き出してしまったが、そんな事は一体どれくらいぶりだろうか。

『そのように仰る方は、現皇帝と現皇貴妃以来ですよ』
『左様ですか。それで、どうされます?』
『この話は無かった事にはしない方が良さそうですね。罰については、寧ろ入宮する方が貴女には罰になりそうです』
『それは残念です。とても……はぁ』

 大きため息と共に微笑みが剥がれた。そうしていれば、年より幼く見える。これまでに感じていなかった些かの申し訳無さも、少しばかり湧いてきた。

 丞相という大役を得て、この帝国の皇帝となった幼馴染みの為に生きると決めた。その時から老若男女問わず、まつりごとに関わる者には私情を挟まず、ただの餌や道具としてしか見ないと決めていたのに……駄目だな。

『心底お嫌なんですね』

 思わずそんな自分に苦笑しながら、ついそう言ってしまう。

『ええ、とーっても』
『情感を込め過ぎでは? 一応はこの帝国で唯一認められた一夫多妻制の、皇帝陛下の妻なのですよ?』
『生憎、顔も知らぬ女子おなごと夫を共有して喜ぶ趣味はございません。それも名ばかりの数打ち妃。一体どこに、ありがたみを感じろと?』
『随分はっきりと』
『それくらい嫌です』

 皇帝という権力に群がる女人達とは違う。小娘は女人としての感情を優先しているようだ。

 ある意味ではこの小娘を選んで正解。しかしまだ十四歳。後宮で艶やかな女達と寵を競わせるには、若すぎる。女人としての感情を優先させたくなる気持ちも、わからなくはない。

 それでも小娘の後宮入りを取り消すつもりはないから、我ながらどうしようもない奴だと呆れてしまう。

『そういえば私がここに来ないとは思わなかったんですか?』

 後ろめたい気持ちに気づいて、あえて話題を変えた。

『拝聴致しました貴方様の性格では、興味と利があると判断されれば、辺境の地であろうといらっしゃるのでは?』

 事前の情報収集能力と判断能力はまずまずか。

『ええ、正解です。貴女はただ好きに過ごしていただければ問題ありませんよ』

 その上で、なるべくならこの幼い小娘を守ってやりたいと思ってしまう。

 皇帝が即位し、後宮に他の貴妃や嬪を迎えてから、初めての事だったかもしれない。

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