【太夫、傾国の娼妓(やり手爺)ときて今世悪妃とは、これ如何に?】第4話

「ふわわわわ。うわうわ、げふっ、んあううう」

(困りましたね。やっぱり乳を飲むと、ゲフッ、眠くなりますううう)

「可愛いディー。今日もたくさん飲んでくれて妈妈ママは嬉しいわ」
「うちの滴雫ディーシャはゲップも可愛いらしいね。ほらほら、寝かしつけは爸爸パパがしてあげようね」

 いつの間に? 父親が寝室に舞い戻っております。

 母親から受け取った私の背中を、ツボを押さえた絶妙な力加減でポンポン叩き始めました。このままでは数分で眠って……ふわぁ。

 前世である二代目の父親も、このようにポンポンと寝かしつけてくれたのを思い出しますね。

 私の二度目の人生は、こちらの世界で始まりました。今のように初代の記憶を思い出したのも、今くらいの時期。

 ヤワヤワ脳が少ししっかりせねば、自我が表に出ないのかもしれません。

 太夫だった初代の記憶が大半を占めていた当時のわたくしには、前世で伝え聞く清国の生活を基調に、西洋の文化が幾らか混ざった世界。

 二代目の生家は、下位貴族でしたが、生活の質は中流階級の、そこそこ裕福な家庭でした。それも長くは続きませんでしたが。

 前世であらゆる芸事を嗜んだわたくし。こちらの世界の芸事にも、当然のように惹かれ、習ったのは言うまでもなく。

 しかし何よりも楽しかったのは、生活魔法学という、初代では存在すらなさげな未知なる文化でした。

 逆に初代の世界にあり、この世界に無い物を作った事もあるのですよ。二代にわたり、手先が器用でようございました。

 もちろん魔法は万能ではございません。御伽話にあるような、火の玉をバーンと投げる? ビュンと一瞬で移動? フワリと蝶のように風に舞う? シュバッと妖怪カマイタチのように、何でも切り刻む?

 そのような御大層な事は、道具無しにはできません。

 まあ個々の魔力量や、魔力の操作技術で程度は多少変わります。しかし九割の者は薪に小さな火をつけ、両手で抱えられる大きさのかめいっぱいに水を張るのがやっとできるかどうか。生活を幾らか楽にする程度でしょう。

 後は程度の差はありますが、魔力を放出して他人へ威圧感を与えるくらいです。

 呪いの類や、常人には触れる事も見る事も難しいあやかし・幽霊の類も存在しておりますが、初代の世界と同じです。

 二代目の私が生まれた国は、諸外国との交易もございました。生家も裕福だった頃でしたから、幾つかの言語も話せるようになりましたよ。

 けれど当時は動乱の時代。諸外国との戦争もございます。幸い、母国は敗戦こそありませんでした。

 しかし目まぐるしく変わる情勢に当主だった父親は対処できず、家は見る間に傾いてしまい、貧困にあえぐことに。

 領地を持っていなかったのは幸いでした。しかし商売で成り上がった家柄の為、抱える従業員は多かった。

 更に兄弟姉妹も乳飲み子を含めて四人おり、このままでは家業は廃業、一家離散という危機的状況です。

 家族を大切にし、を溺愛するところは好ましかったのですが、悲しいかな父親は、ご先祖様から受け継いだ家業を先代に言われた通りに模倣するだけのお坊ちゃま。戦乱の世に柔軟に対応する商才はなかったのです。

 という事で私は自らの意志で花街へと赴き、自力で伝手を作って娼妓となりました。

 仮にも貴族令嬢でしたが、元々あちらの世界ではナンバーワン太夫に登りつめましたもの。全くとは申しませんが、娼妓となる事に大した抵抗はございませんでした。

 もちろん花街の事前調査は徹底的に致しましたよ。これなら近隣諸国も含めてナンバーワン娼妓になれると確信したのです。

 前世とは違って家族が生きている事も励みになりました。平穏な生活をさせて差し上げたかった。

 その為にも裏から母国をより安全な国にする。そのように最終目標も掲げておりました。大和初代の国に住まう殿方が聞いたら、たかが娼妓にと笑われそうですが。

 大和の国と違い、二代目の国では公娼だけでなく、私娼にもなれました。

 太夫時代に噂で耳にした異国の娼婦、クルチザンヌと呼ばれる高級娼婦ですね。耳にしたのは遠い異国のお話。実のところはわかりませんよ。

 私の手前勝手な印象だと、太夫でもお金と時間を積むご贔屓さんなら、閨の相手をせねばなりません。国としてそれを認めるのが遊女公娼です。

 私娼とは個人で活動するので、誰彼としとねを共にする必要がありません。とどのつまり、特定のご贔屓さんパトロンの愛人役を担うのです。

 もちろん私娼はあらゆる事が自己責任。愛憎から命を散らす者もおりました。ですが花街から出て活動できるのは、何よりの利点だったのです。

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