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ラップに金のコインネックレス【短編小説ノンフィクション】

今度の彼氏は初めての年下だ。

肉体労働系の仕事をしているらしくガタイが良く、よく日焼けした筋肉質の胸元には金のコインネックレスをしている。

「今、家の近くまできてるから」といって彼は車で片道1時間の距離を私のところに会いに来る。

「え!今日も!?」

これで三日連夜だった。慌てて家を飛び出し、ハザードを焚いてる彼の四輪駆動の車へ向かう。

ドアを開けると、最新のラップmusicが重低音を効かせて鳴り響いていた。

「ごめん!すごく会いたくなって来てしまった」こぼれおちるような笑顔で私を見詰める彼。

気持ちは嬉しいが、三夜連続になるので私は正直仕事の後で疲れ切っていた。だが、少年のように思いのまま行動する彼にこれ以上は何も言えず、

「わかった。明日こそゆっくりさせてね。」と言って、抱擁し合い、目を閉じる…。

彼とは海で知り合い、急速に仲良くなり付き合うことになった。あまり細かいことにこだわらず、おおらかな性格で友達がいっぱいいて、デートで彼の友達とも一緒に遊んだりすることもあるフレンドリーな彼だ。鍛えられた胸元の金のコインネックレスは上半身タンクトップ一枚の彼を更に印象着けていた。

そんな楽しい日々が続き、ある日私は女友達と一緒に夜の街へ遊びに行くことになった。

バーで年上の男性と仲良くなり、おしゃべりを楽しんで連絡先を交換した。初めての年下彼氏に少し物足りなさを感じていたのか、若干罪悪感を感じながらも、私は「まあ、いっか。」と心の中で呟いた。

それから、1回年下彼氏とデートして、そのあとプツリと連絡が途絶えた。

気になってこちらから電話をしても何故か急に物腰が冷たくなった。

そして、またこちらから電話した時のこと

「どうしたの?最近冷たいね」と言うと、

「…もう 別れよう。」

一瞬、意味不明に陥ったが、どうしても訳が知りたかった。

「理由は…?」

「飽きた!」

強い口調ではっきりと言われ、ショックで頭が真っ白になった。

沈黙が流れた。私は段々ショックから怒りが込み上げてきた。でもここで、これだけはっきりと言われて、受け止めることしか出来ない。

終わりということはもう会わないことだから…次のこと考えなくては…

「あ…そう。そしたら、借りていた服返すから住所教えて。郵送するから。」と冷淡に言葉を発した。彼の家にお泊りしたときに借りていたシャツだった。

「いいよ返さなくて。あげるから。」

「要らないから。」また冷淡にすかさず言った。今はこの攻撃しかできない自分が悲しくなったが、この人は私が嫌いと言ってるんだ。受け止めなくては…と必死になる。

その後、住所を聞いた後、

「私が貸していたCD返して」と私はまた冷淡に言う。

彼の影響で聞き出したラップを私が購入し、彼の四駆でデートで流していたCDだった。

「わかった。」と彼は言って私の住所は聞かなかった。

そして電話の最後に彼は

「あの…ありがとう!本当に楽しかった!」と少しさっきよりトーンが高めの声で言った。

私は無言で電話を切った。

「飽きたのに楽しかったって、どういう意味!?馬鹿にしてんの?」

悲しみよりショックと怒りしか込み上げてこない。身体の震えも止まらなかった。

その後悶々と考えていた。やっぱりこんなのおかしい。何かあったな。と思っていた矢先に、彼の親友のB君からTELが掛かってきた。

B君の話によると、どうやら私と友人が遊びに行ってたあの夜に、彼は男女10人ほどでキャンプに行ってたらしく、その時に彼に凄い勢いで言い寄っている女性が現れたらしく、どうもそのコと付き合いかけになってるとのこと。

私がプチ浮気みたいになっている時に、彼もプチ浮気になっていたのだった。

でも私の方のその年上男性とはそれきりで、私の中では彼が一番のつもりでいた…。

B君が私がいるのにそのコと仲良くなっていいのか?と彼に尋ねたら、彼は「あの子モテるから。俺なんかどう思われているやら…。」と言ってたらしい。

思い当たるのは、そのプチ浮気の後に彼とデートした日だった。

「誰か男に誘われたんじゃないの~?」とその夜のことを聞かれたとき、

私は「さあね~」と笑って澄ました会話を思い出した。

それを本気にしていたのか?

そこは「そんなことないよ!私には〇〇君だけだよ!」というべきだったのか?私は自分にも落ち度があることを知った。

私は可愛い女の子のように「私の事どう思っている?」とか言えない。て、いうかずっと彼氏の事を考えている女じゃない。

返って「どう思ってるの?」って聞かれる方だ。確かに、彼にも聞かれたことがある。なので女性の中でも少数派の情熱が伝わらない女だ。

そのプチ浮気の件にしても、バレていないとはいえ、私の煮え切らない態度が前々から彼に映っていたのだろう。

要するにその情熱女に負けたのだ。

完敗だ。 心の底から落ち込んだ。

往復2時間近くかけて連夜私に会いに来るだけの為に笑顔する彼。抱擁のたび、硬い胸元とコインネックレスが私にあたる感触。

ずっと私の頭の中を駆け巡る。

少し涙が込み上げてきた。

しかし、彼の「飽きた!」は私の心から離れない。憎悪が湧いて止まらない日が続いた。

それから、10年以上月日が経った。


あの後、泣きそうになるたび「飽きた!」と言われたことを思い出し、すっぱりと彼が嫌いになり、少し間は空いたが次の恋にも行ける自分になれた。

あの言葉に憎悪を抱いた日もあったが、彼を引きずらず諦められた。

今ならわかる。普通の男ならそのまま二股という手があったのに、彼はケジメをつけて、私に対して悪者になってくれたんだ。

彼は正義感の強いはっきりした性格の持ち主だった。

私が彼に対して情熱が伝わりにくいという悪い点もあったが、「ありがとう!すごく楽しかった!」は本物の言葉だと思いたいし、そう思っている。

その後からの私はお付き合いする男性に、もっと優しさや気遣いを出せれる女になった。

今は彼にすごく感謝している。

そして…私の返して欲しかったCDは返ってこなかった。

何よりもラップは全く聞かなくなった。

時々街で四輪駆動車が走っているのを見ると、

「あのラップは何ていうアーティストだったっけ?」

名前も思いだせない。と、クスリと笑いながら思う私がいる。








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