血の架け橋

「古くから血の交換は絆の証とされてるんだよ」

血。その言葉が自分の中に流れている赤いアレだと直結して考えられる人はどれくらいいるのだろう。少なくとも僕には無理だった。だから彼女の次の言葉に頷いてしまったことも、僕にはどうしようも出来なかったことであると理解して欲しい。

「だから、あなたの血を飲ませて欲しいの」


白い肌に真っ暗な髪。唇は妙に赤々しく、ちらりと白い歯がのぞく。なんて事のない、安直な想像を見透かしたように彼女は沈黙を破った。

「吸血鬼っていうのはね、太陽の元を歩けないっていうのが通説なの」

見上げると、黒と赤の境界線がちょうど頭の上にあった。西の方では、空が闇に覆われてしまうことを拒むような、弱々しい赤い光が見えた。

「夕日でも?」
「それは、どうだろうね」

意外な返しだったのか、彼女はわずかな笑みを浮かべる。もしくは状況を飲み込めない僕を笑っているのか。

「吸血鬼にとっても血を取り込むのは相手を眷属、つまりは仲間にするためだって説もあるらしいし、そういう意味では絆の証と言えると思わない?」
「ああ」

僕ははっきりと言葉をかたちどっていく彼女の唇から目を離せずにいた。穴が開くほど見つめたって彼女の血の色は見えてこない。

「盃か、血を交わす事は義兄弟の契りを結ぶ事でもあるんだよ。桃園の誓いしかり」

彼女の口から滑り出る言葉はなぜか強く僕の頭の中に響く。

「だったら、盃でいいだろう」
「お酒の飲める年齢だったらね」

教室の隅で本を読む彼女の姿が浮かぶ。大人しく、他人に干渉しない性格からは確かに、非行に走る様子は想像できない。もちろん、今行われている会話も同様であるが。

「なんで、」

言葉に詰まる。これを知ったらからと言ってどうなるのか。この答えによって、僕は彼女に血を差し出すのか。
僕の血液が、首元の二本の歯の跡、そこから紐のように伸びて、彼女の唇に割って入り喉の奥まで侵入する。身体の中心まで到達すると、そこから大きく広がり彼女の体の隅々まで浸透する。そんな想像が頭を駆け巡り、脳の芯が痺れたような感覚に陥る。

「あなたの事が好きだから」

痺れた脳に突き刺さったその言葉が、彼女の口から放たれたと気づくまで時間を要した。

「目を瞑って」

もはや、彼女の言葉に抗う術はなかった。目を閉じて、少しだけ首を傾げる。なぜか知っている。こうしなければならない事を。
彼女の足音が聞こえる。きっちり三歩で僕の目の前まで来たらしい。肩に手が置かれ、下向きにわずかな力がかかった。顔の高さが合うように膝を曲げる。

「ありがと」

声は思ったより近くから聞こえた。彼女の顔。その血の色をした唇が目の前にあるのを感じる。彼女の吐息が首筋を撫でたとき、違和感が走った。注射の針が刺さる直前に感じる、あの寒気のような違和感。思わず体を震わせると、彼女は笑っているようだった。

「じゃあ」

ほとんど耳元で聞こえる彼女の声に、首筋の違和感が強まっていく。これでは歯が食い込んだとしても感じ取れないのではないかという奇妙な不安さえ襲ってくる。しかし、その心配は杞憂であった。耳元に感じた彼女の唇は耳からそっと離れる。軽く息を吸う音。次の瞬間彼女の唇は、何故か僕の唇へとーー


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