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インフォームドコンセント


[備忘録]20日目【脳障害のため、暴れてしまってMRIも受けられませんでした・・・】

2009-03-28 08:32:01

こんな患者の面倒などみられない

入院して3週間。医師のこの痛烈なひと言は、今でも突き刺さっている。意識混濁で徘徊し食べ物を探してナースステーションにまで侵入してくる。ゾンビのような患者だ。そのため夜は薬を飲ませ身体を拘束していた。私たち家族は病院のこの扱いに耐えられず、朝8時には付添に行った。母親と二交代制で父に寄り添った。家族がいないと途端に拘束されるからである。私は夕方から23時まで父に付き添った。父が眠るのを見届けてから病室を後にしたのである。当時、母はパーキンソン病発症前だった。このころの落ち込みが身体に影響しだすのは、この2年後になる。

高度医療・救急医療など急性期医療の中心を担っている病院だ。次々と患者が運ばれてくるのは分かる。こちらも、リハビリ病院を必死で探している。それなのに。介入に問題のある看護師の夜勤の時に必ずと言っていいほど呼び出しの電話がかかってくる。いつもこの看護師。そのため、この人物が担当だったり夜勤だった日は、こちらもピリピリしていた。夜も眠ってから病室を出ているのに。家につくやいなや電話が鳴った。私がいなくなった途端無理矢理 薬をのませ拘束しようとしたのだ。

身体拘束のみならず

電話口の人間は、高見からの物の言い様だった。
「看護師が噛まれました。エイズに感染しているといけないので、検査をします。その費用はそちらで支払っていただきます。」
理解ができない。父は顔面骨折のため顔の整復手術を受けている。そのときに血液検査はしている。それなのになぜ、看護師の検査費用がこちらが持つのか。しかもその看護師らは、3人がかりで父を抑えつけ薬を飲ませようとしたらしいのだ。父は混乱し恐怖で毒を飲まされると思い、その手に噛みついたと呂律がまわらない中もそう訴えていた。

脳外科なのに

脳外科の看護師なのに高次脳機能障害への介入がまったくなっていない時代だった。行政により高次脳機能障害の診断基準が作成されたのが2003年である。我が家の交通事故は2007年。まだ4年ほどしか経過していない。医師は高次脳機能障害という障害名を知っていても看護師にはまだ全く浸透していなかった。父が運ばれた救急医療のこの病院は、医師は一流だが看護師は三流と地元でも有名だった。本当に看護師は最低だ。それは17年経過した今でも変わらない。3年前、同じ病院で心臓のバイパス手術を父は受けた。その際も、同じ体質を感じた。これは今後も改善はされないだろう。