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【漫画原作】フットモンキー ~ FooT MoNKeY ~ 第8回

#創作大賞2024 #漫画原作部門   #小説 #文学 #フットサル

本日9月14日は強豪、浜松テクニシャンズとの試合の日である。青のユニフォームが豪快な彼らは平和とセックスをこよなく愛し、ファールをせずにフェアプレーで試合を進めることで有名であった。

裕福な選手が多く、練習後に食事会を開いてグルメを堪能したりもしていた。争いを好まず何なんでも仲良く公平に分け合い、キャプテンではなくマネージャーが仕切って練習するところが珍しかった。

今日は秋になり寒くなったということで、アップでおしくらまんじゅうをしていた。キャプテンである港 ひかるは太っている選手が多いこのチームでは珍しくやせ型であり、トレードマークであるセンターパートの髪型がお気に入りであった。

試合前、フィクソの港と、その腰巾着こしぎんちゃくでアラの水谷とが会話をしていた。

「もうダメかもしれん。絶望だ」

「港さん、まだ試合始まってないっす」

「不吉だ、何か良くないことが起りそうな気がする」

「今日の占い一位だったじゃないっすか。どんだけネガティブなんすか」

港は実力は確かなのだが神経質な性格が災いし、常に後ろ向きな思考回路であった。だが、それは悪いことばかりではなく、そのことで最悪を想定し、それに対する対処のお陰で、ほぼ完璧と言えるテクニシャンズのディフェンスが実現できていた。

 それから8分経って試合開始。バランサーズボールでのプレイオンで、まずは力量を確かめようと小手調べに保が強烈なミドルをお見舞いした。これはコースは良かったのだが、ゴレイロの海府かいふの気合いのパンチングによって前線へと送られてしまった。

一転して攻守が切り替わると、対するテクニシャンズはじっくりと展開を作りながら好機を伺い、エースの港がかなり遠い位置であるにも関わらずシュートを放って来た。

これは惜しくも味蕾にはばまれゴールラインを割ることはなかったが、気を抜けばそのまま入ってしまいそうなことは誰の目にも明らかであった。

そして、バランサーズのオフェンスとなり、スルスルとパスを回して、前衛の昴までボールが渡った。一見危ない展開であるようにも見えるが、テクニシャンズの選手たちは、慌てるどころか余裕な面持ちであった。

「は~あ」

「は~あ」

「は~あ」

“なんだよこの人ら。やる気あんのか?”

やまびこのように伝染するテクニシャンズの欠伸あくびを見て、友助から見るとその実力とは裏腹にどこか気の抜けた人たちのように感じられた。

「俺のテクでピッチに虹を描いて見せるぜ」

刹那、港が即座に体勢を整えフェイントを出してきた。港のこの『クライフターン』はボールを片方の足の後ろを通すことによって惑わせてディフェンスをかわす技であり、作者がぶっちゃけ一番使えると思っているフェイントである。

 この突破で昴は不覚にも完璧に振り切られる形となり、どフリーの状態でシュートを撃たれてしまった。シュートは惜しくも味蕾にキャッチされてしまったが、選手全員が冷っとした一幕であった。

“惜しいな、港さん。あともうちょっとパワーがあれば、点取り屋になれるのに”

 この華麗なシュートに友助は敵ながら天晴であると感じた。一方の港は、自分の技で会場を湧かせたとあって非常にに上機嫌であった。

「ふっ、どうだ凄いだろ?君にこれが真似できるかな?」

「多分できないっすね。けど、俺には俺のやり方がある」

 そう言うと昴はアラの位置から見せつけるようにフェイントを出し、完全に港を躱してシュートを撃ちこんだ。これが息を呑むほど綺麗に決まり、鮮やかに先制点を飾った。ここで1対0と勝ち越しに成功する。

「くっ」

流石の港も初めて見る昴の『ふらふらフェイント』には面食らったようだ。転がったボールを拾いながら苦い顔をすると、ゴレイロの海府が気を遣って声を掛ける。

「ドンマイ、港さん!気落ちせずに行こうぜ」

案の定気を落として交代ゾーンへと歩を進めていた港は、その言葉に勇気づけられ、なんとかピッチに残ることができたようだ。

“昴さん、今日は乗ってるな。積極的にパス出しして行くか――”

 友助はそう思い、再びバランサーズの攻撃に切り替わったところ、昴に目配せして少し変わり種のスクリーンを仕掛けた。この『エイト』は8の字を描くようにして旋回し、ディフェンスを翻弄するフォーメーションで、流れの中でのシュートは勢いが出るため、ゴレイロにとってやっかいなプレーとなる。

 昴が放ったシュートは弾丸のようにテクニシャンズゴールを脅かそうとするが、これはパウ(ゴールポスト)に阻まれた後、辛うじてゴレイロの海府が弾くことに成功した。バランサーズはすぐさま体勢を整え、セットプレーへと移行する。

そして友助が出したフィードに昴が合わせ、本日2点目のゴールを決めた。コーナーからのゴロを綺麗に押し込んでのゴールは、見事と言う他なく、バランサーズは友助の加入から雰囲気もより明るいものになって良いリズムができており、いわゆる勝ちグセがついているようであった。更にこの時の昴は完全に『ブレイクスルー』したといえる状態で、これは度重なる経験により自分の限界を超えた能力を発揮することを指す。

 2点差となり、かなり焦りが出たのだろう。テクニシャンズは試合再開後に積極的にゴールを狙って来た。そして、大切に繋いだボールを港のフィードで前線に通した所、水谷のシュートからピヴォの深津がキッチリといい仕事をした。ディフェンスが弾いたボールを押し込んだ形で、テクニシャンズとしては珍しい押せ押せの攻めであった。

バランサーズボールからの試合再開でオフェンスを展開するが、これはディフェンスがセットできていたため決定的なチャンスを創生することができず、何もできないままシュートを撃たされる形で終わった。テクニシャンズサイドの攻めとなり、カウンターを仕掛けるかと思われたが、港は前線まで積極的には上がって来なかった。

彼はいわゆる『ボランチ』と呼ばれるタイプの選手であり、これはディフェンス専門のミッドフィルダーのことで、オフェンスに殆ど参加しないプレーヤーのことを指す。決してその能力が低いわけではなく、ディフェンスを引っ張り、相手のボールロストを誘発するだけの実力を持った責任あるポジションなのである。

 そしてテクニシャンズは変化のあるパスでスピンを掛けながらボールを回し、目まぐるしい速さでスペースを創出して来た。そうしてできた空白にアラの浅倉が飛び出し、港の絶妙なリードパスをパスを受けながらバランサーズゴールへと迫って来た。

 マークマンの苦氏が慌てて追いかけた所、浅倉は予想以上に足が速く、危ない位置でシュートまで持って行かれそうになった。そこでフォローに行った昴の脚が掛かって、浅倉が倒れ込んでPKとなってしまった。

少し遠いものの角度は広く保たれており、十分にゴールを狙える位置であった。一息吐いて丁寧にボールを置いた港の左足から放たれたシュートは、鋭いカーブを描いて

バランサーズゴールに突き刺さった。それを見て思わず蓮が感嘆の声を上げる。

「うわ~スゲェ。ファンタジスタだな」

「なに感心してんだ。今のはお前がケアしてたら止められたかもしれないんだぞ。港は県内でも有数のディフェンスの名手だが、オフェンスも県内で5本の指に入る程の選手なんだ。昴の負担を少しでも軽くしてやれよ」

「そうですよね、すません。昴さん」

「いいよ。お前には、はなから期待してねえし」

「うっ――」

「そんな言い方ないだろ。少しは蓮のことも考えろ」

「はいはい」

それからバランサーズは力強く攻め続けたのだが、攻撃がどうも噛み合わなかった。テクニシャンズはと言うと、『ヘドンド』と呼ばれる旋回の意があるローテーションでパスを回してゴールをプレーでボールを回し、バランサーズを翻弄ほんろうしてきた。

「蓮、遅いよ。今の出せただろ。持ち過ぎだよ」

「うっ――すません」

「それと、俺にもっと集めてくれ。そうでないと点にならないだろ」

「はい、そうします――」

 昴の威圧的な態度に、蓮は気持ちもプレーも委縮してしまっているようであった。

友助が、この頃とくに感じていたことであるが、バランサーズは全体的に詰めが甘い傾向にあり、折角の得点の機を逸していることが多々あった。だがそれは昴、友助、保など主軸となるプレーヤーたちが伸び伸びプレーしている反面、蓮、味蕾を始めとする若手の選手たちがどこかミスを怖れ、やり難さを感じているからであった。

去年まで昴頼みのチームではあったが、決して暴君のように振る舞うことはなかった。それは他の選手への要求レベルに対して上手く妥協出来ていたからであり、本来は昴も楽しんでプレーすることが嫌いなわけではなかった。

だが、同じくらい高いレベルの友助の加入によって、勝ちたいという思いが大きくなってしまい、そのことで周りへの不満というものを持ち始めてしまったのである。昴の感情に引っ張られるようにして、チーム全体のイライラが募っているようにも見えた。対照的に女の子達は冷静そのもので瑞希、莉子、美奈が敵チームを分析していた。

「凄い統率力。レアルマドリードみたい」

「テクニシャンズはリトリートサッカーだからね。まあ、妥当な選択よね」

「ねえ、リトリートって何?」

「ああ、ディフェンスには主に2種類の戦略があって、ランナーズがやってたような

攻撃的な守備を『ハイプレス』、ブロッカーズがやってたような陣形をしっかり整えてから行う守備を『リトリート』っていうの」

「へ~凄い!莉子ちゃん、博識だね」

「そうでしょ。覚えるのは得意なんだから!」

 莉子は普段は少し暗い時があるのだが、美奈に褒められれるとパッと顔が明るくなるのであった。それからハーフタイムに入り、業を煮やした昴は、歯痒はがゆい思いを吐露とろするため蓮にキツく当たってしまう。

「お前ハッキリ言って足手まといなんだよ。足引っ張るんならピッチから出てくれ」

「なんてこと言うんだ。俺達のコンセプトを忘れたのか?」昴の暴言を保が諫める。

「ピッチに立ったら実力が全てだろ?試合に出してやってんだから、当然だよ」

それを聞いて友助は、遂に堪忍袋の緒が切れたようだ。

「出してやってるってなんだよ――」

「あ、なんだと?」いきなりのため口に、昴は少しひるみそうになるも威圧する。

「一人でサッカーやってんなよ、アンタだけのチームじゃねえんだよ!!」

「やめろ、試合中だぞ」ヒートアップする二人に、すかさず保が止めに入る。

「やめねーよ、このクソ野郎をぶん殴って正気に戻してやんだ」

そう言って友助は、さらに昴に詰め寄った。

「どうしたんだ友助、お前らしくないだろ」突然の怒りに、保は少々困惑気味だ。

「蓮の気持ちが分かってないんだ!おごりがあるんだよ、今のこの人は」

 それを聞いた昴は、友助の言葉に納得が行っていないようだ。

「上手いヤツが出て活躍する。それがスポーツだろ?何の問題があるってんだよ!」

「確かにアンタは上手いよ。けど、もうアンタとはサッカーやりたくなくなったよ」

「なんでだよ。お前とはあんなに上手くコンビプレーできてるだろ?」

「そういう問題じゃない。自分本位なんだよ、人間には感情ってもんがあるんだ!」

「そんなの気にして何になるんだよ。勝負事だろ?勝てばいいだけじゃねえか」

「違う、そうじゃない!だいたいアンタはいつもチームの輪を乱しちまうんだ。エースが引っ張らないといけないのは分かるよ。けどもう少し周りの力を借りるとか頼るとか、そういうプレーができるようになってくれよ。どーにも気にくわねえんだ。主張が強いのはいいことだと思うよ。けど、俺たちバランサーズはそういうチームじゃねえんだ。蓮の気持ちを考えろよ!!」

「――」

失礼な部分もあったかもしれないが、昴はこの友助の正論に何も言い返すことができないのであった。

それからテクニシャンズボールで後半が開始され、ここで港のパスミスかと思われるほどの高いパスに合わせピヴォの深津がオーバーヘッドでのシュートを放ってきた。

いきなりのテクニシャンズの奇襲に、バランサーズはかなり慌てたが、これはポスト上部に阻まれて失敗となった。続いて味蕾のゴールスローで前線までボールが渡ると、昴は悔しさをぶつけるように1on1を仕掛け、本日2度目のふらふらフェイントで、左足から放ったシュートを綺麗に枠内に納めることができた。

「クソっ。なんで僕は毎回動けないんだ」

「重心が後ろにあるのが良くないよ。それだと後手にしか回れなくなる」

「えっ!?そ、そうなんですか?」

敵であるにも関わらずアドバイスして来た深津に、蓮は思わず戸惑ってしまった。

テクニシャンズボールでの試合再開。これがテクニシャンズらしからぬ単調な攻めになってしまうと、バランサーズがボールを奪取するが、酸堂が出した浮き球ガンショでのパスが浅倉のアフロヘッドに押し返され、早々にテクニシャンズボールとなってしまった。

そして、足早な展開から、水谷のかなりリード気味のセンタリングに合わせた浅倉の強烈なスライディングゴールで、テクニシャンズは辛くも同点に追いついて来た。

それを見た友助はあまりのサッカーセンスに舌を巻く。

“すげぇセンスだな。他のチームならエースになれてるかもしんねえってのに、あええて黒子に徹して2番手で居るんだもんな。相当な曲者くせものだよ”

テクニシャンズは個々の能力が高いこともあるが、それぞれのサッカーIQが高く、フォーメーションやスペースの使い方に対する理解度もまた高かった。試合再開しての後半11分、バランサーズの攻撃となり、体勢を崩しフラついた友助は走り込んできた浅倉と衝突し、軽い脳震盪のうしんとうのような形になってしまった。

「悪い、大丈夫か」

そう言って浅倉は敵チームであるにも関わらず友助を助け起こして肩を貸し、コートの外へと運んでくれた。友助は怪我こそしていなかったものの、大事をとって3分ほど休むことにした。その間友助はどこか人ごとのように試合を見ていた。

“肩トラップか!イカすな~”

“おおっ、魅せるね!又抜きシュート”

 次々と炸裂する華麗なテクニックを見せつけられ、友助は浅倉のファンになりそうなほどであった。ふと横に目をやると、莉子が一生懸命に声出しをしていた。

「マノン! (Man on、背負ってる、撃つな)」

「ディライ (遅らせて)、ビルドアップ(攻撃の組み立て)しっかりね」

「ターン! (振り向け、シュートOK)」

「ビハインド (得点で負けている状況)だからクイック(速く)でね」

“うるせえんだよ、横文字ばっか使いやがって。日本なんだよ、ここは”

大切なのは言葉ではなく概念。それを多く知っていることでマウントを取ろうとして偉ぶるのは生産性がなくてダサい友助はそう考えていた。ここで、辛損と入れ替わりで出場した友助はルーレットでチャンスを作ってシュートを打ち込むも、これは明後日の方向に行ってしまい攻守逆転。

テクニシャンズはここぞとばかりにパスを回し、絶妙にスペースを創り出していた。そして、またしても苦氏が浅倉に対し遅れをとってしまう。

「過去を振り返らない人間はバカだ。そんなヤツに成長はない」

そう言って港が蹴りだしたパスを、浅倉がスルーパスで水谷まで通し、シュートまで持って行こうとした。テクニシャンズは、これまで港がコントロールしていたものを、さらに浅倉が裏回しとして二重にコントロールしているようにも見えた。

これに対して友助は苛立ちを消すことができず、普段やらないスライディングで水谷を削りに掛かり、ここでイエローカードが出てしまった。

「あ~あ。サスペンション(出場停止)くらっちゃったか――」

隣でこの言葉を聞いた美奈は、にわかに表情をくもらせたようだ。

そして、テクニシャンズは、PKでは常に港が蹴ることになっており、その卓越した技能による洗練されたシュートは、プロ顔負けの一級品であった。ここでのPK獲得はテクニシャンズとしては相当に運の良いものであり、大きなチャンスとなった。

 だがここで意表を突いて港が少し前に蹴りだしたボールを浅倉が強烈に蹴り込んで、これがゴール左隅に突き刺さった。味蕾はしっかり警戒していたものの、左利きの港が蹴ると右隅にボールが来るという先入観に飲まれ、あえなく失点を許してしまった。

 これは『チョン・ドン』と呼ばれるプレーで、文字通りボールをチョンと蹴り出してドーンとシュートするプレーである。この衝撃の逆転シュートで前後半を通じて一度も優位に立てていなかったテクニシャンズが、初めてバランサーズの得点を上回った。

 手痛い失点であり、3対4の状況をひっくり返すことは容易ではなかった。そこから5分間、バランサーズは攻めに攻めたが、結局は惜しくも敗戦となってしまった。

 試合後ロッカーに戻ったバランサーズは完全に意気消沈の様子であった。昴は悔しさに起因する悲しみの感情が、大きな怒りへと変わってしまったようだ。蓮に詰め寄って思いのたけをぶつけてしまう。

「お前が足引っ張んなかったら、負けになんかにならなかったんだよ!!」

「なんてこと言うんだ、この大バカ野郎!!」保はあまりの暴言に苦言をていした。

「だって勝負なんだし、勝たなきゃ意味ないじゃんかよ」

「俺たちは全員でチームだ、誰が欠けてもダメなんだ。それがチームってもんだろ」

「じゃあこの結果をどうするんだよ。今日勝ってたら全国行けたかもしんないのに」

「諦めるにはまだ早いぞ、あと2試合もあるんだ。ネバーギブアップだろ?」

 昴はその言葉を聞いて、何か思い詰めたように肩を震わせた。

「――そんなのは詭弁きべんだね。その言葉だけは信用できねえ」

「これからのこともあるだろ?チームのことを考えてだな――」

「俺はチームのために言っただけなんだ!!」

 このやりとりを側で見ていた友助は、少々あきれたようにため息を吐いた。

「は~。もう面倒見切れねーよ。勝手なこと言うのもいい加減にしろ」

「あっ、ちょっと待てよ、友助!!」

怒り心頭に達した友助は、鞄を手に取ると一人で歩き始め帰路に就いてしてしまった。

蓮が責任を感じて追いかけて肩を引くも、怒りの矛を収めることができない友助は、そのまま振り払って行ってしまった。これを見た保は流石に擁護しきれず昴をとがめる。

「おい、どうすんだコレ。いくらなんでもこれは目に余るぞ」

「――。悪かったよ保さん、何とかする」

「何とかするったって、どうすんだよ?」

「とりあえず蓮に謝るよ。悪かったな、こんな言い方しかできなくて」

「いえ。実際、敗因は僕なんで。変わるべきは僕の方ですよ」

 その日から保が心配してメールで参加をうながすも友助は欠席連絡を送って来るだけでその後の練習に顔を出すことはなかった。それからというものチームの練習には暗雲あんうんが立ち込めるようになり、蓮はいつもはひかえめだった個人練を増やすようになった。昴はこれで罪滅ぼしになるとも思えなかったが、蓮に話しかけて何か提案したようだ。

「この前は悪かった。付き合うよ、練習」

「いえ、昴さんの言う通りですよ。俺が不甲斐ふがいないから、皆にこんな迷惑かけて」

「ちょっと足が遅いんだよな。背高いんだし、いっそゴレイロでもやってみたら?」

「いや、無理ですよ。ただでさえ鈍いのに直ぐにボールに反応して止めに行くなんて」

「やってみないと分かんねーって。保さんよく言ってんだろ、ものは試しだって」

昴はゴレイロに据えた蓮に向かって、10本のシュートを蹴り込んで行った。

「本気で蹴ってくださいよ。素人だからって見くびらないでください」

「いや、全力だよ。3球目から本気で蹴ってる」

「でも10本中9本止めてるんですよ?こんなに止められる筈ないじゃないですか」

「思ったんだが、お前マジで才能あんじゃねーの?正直、味蕾より断然狙いにくいよ」

「そんなーー。信じられない、僕にそんな能力があったなんて――」

「まあ、よかったじゃねーか。これで蓮にも居場所ができたな」

“ホントは素直でいい人なんだな”

蓮は昴の本質について、少し理解できたような気がした。

 テクニシャンズとの激戦を終えた9月の暮れ、昴は一足先に家を出て美容院へ行った瑞希と合流するため、待ち合わせ場所にしていた公園で時間を潰していた。遊んでいる子供をぼんやり眺めていると、時間より少し早く瑞希が到着した。

「お、染めたの?いいじゃん、その色」

「ふふふ、そうでしょ。美奈と一緒に染めたの、結構気に入ってるんだから」

「凄い似合ってるよ。どこで染めたの?」

「吉野美容室だよ。莉子も誘ったんだけど、黒のままでいいんだって」

瑞希は、もともと茶色くしていた髪色を染め直して、新たにバレイヤージュに染めて来ていた。それは元来移り気な昴の気を引きたい一心であり、彼に褒められた瑞希は、上機嫌となっていた。だが、商店街を暫く歩いていると、昴が不意に通りすがった女性に目をやってしまい、瑞希はそのことで一気に不満の色を露わにする。

「ねえ、見てよーー。私のこと見てよ!!」

実際、昴はもう他の女性と関係を持つようなことはなかった。だが、たまに目移りしてはよそ見をしてしまい、瑞希の怒りを買ってしまうのであった。身体の関係を持っていない浮気の方が女性は嫌がるもので、目に見えない昴の心情に瑞希はいつもヤキモキしているのであった。瑞希の突然の怒りに、昴は驚いてしまったようだ。

「どうしたんだよ、急に」

「うるさい!!この浮気者!!」

「なんでだよ?そんなに怒らなくてもいいだろ。何かしたって訳でもないんだしさ」

「さっき通りすがりの人を見てたじゃない!!それって浮気でしょ!?私がせっかく髪染めたっていうのに、私に興味ないの!?」

「そんな訳ないじゃん。これくらい普通だよ。瑞希は神経質になり過ぎなんだって」

「そんなことない!!そんなこと言うならもういい、昴くんなんか知らない!!」

瑞希はそう言うと、昴を置いてスタスタと一人で歩いて行ってしまった。

 浮気は人によって、そのラインが違っているもので、他の異性とデートに行ったら、手を繋いだら、ハグやキスをしたり肉体関係を持ったらなど、その基準は様々である。

ただ一貫して共通しているのは、自分以外の異性に対して恋心を抱いてしまう所で、人間の性質上、常に恋人を独占したいと考えるものなのである。

 この頃の昴は瑞希からの信頼を著しく欠いた状態であり、浮気のラインを極端に引き下げられていた。一見、理不尽に見える瑞希の要求ではあるが、当人の立場からすれば当然のことなのである。昴にこの発言に対して共感し謝罪するだけの『度量』があればまた違った結果になっていたのだろうが、まだ若い彼には難解すぎる要求であった。

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第九回 https://note.com/aquarius12/n/nb318d4b03b6b