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【漫画原作】フットモンキー ~ FooT MoNKeY ~ 第11回

#創作大賞2024 #漫画原作部門 #小説 #読書 #毎日note

準決勝2試合目であるイラン代表VSタイ代表の試合を見るため、日本代表は試合後もスタジアムに残っていた。タイ代表はアップの際にガムを噛みながらリラックスして調整を行っており、大きな目ととがった鼻は相手を威圧するような鋭さがある。

マネージャーたちは綺麗に日に焼けて健康的で、東南アジア特有の美しさがあった。日本代表の選手たちは、敵情視察とばかりに目を光らせる。夕方19時とあり、辺りは暗くなり始めていたが、タイ代表は暗い中でもよく目が見えているようであった。

両チーム入念に熟したアップが終わり、5分経って試合開始。

試合はタイ代表ボールで始まり、アラの10番と11番の選手が、着実にボールを回していた。林、焔、港は一人の選手が気になったようだ。

「あの6番、オフボールの時の動きがいいな。ディフェンスを上手く引き付けてる」

「ボール持ってない時にでも、オフェンスはできるもんだからね」

「いい選手ってのは、どうしても目立ってしまうもんなんだよな」

高円宮杯たかまどのみやはいの時の港みたいだな。ああいう選手は安定していて頼りになる存在だよ」

「港は本当にサッカー小僧だったもんな。学校から家までボールを蹴って帰って、塀の外から家の庭にあるゴールに蹴り込んでたくらいだからね」

「ここに居る奴らはそれくらいのことはやってるだろ。代表になるくらいなんだ」

「焔はひたすらシュート撃ってたよね」

「そう言えばボール蹴る力強いから、すぐに空気が抜けて大変だったんだよな?」

「そうそう。パンク修理材はよく使ったな」

「新しいの買わないの?どうせ壊れるんだから、次のに行っちゃえばいいじゃん」

「まあ、物を大切にするタイプだからね。そういうのはプレーにも現れると思うし」

「ふ~ん。そんなもんなのかな」

 懐古話というのは知らない人間にとっては入りにくいもので、昴はこういう時は蚊帳の外と言った感じで少し疎外感があり、“監督ってちょっと太ってる人が多いよな “

などと考えていた。6番の選手は『ウンディル』と呼ばれる敵陣奥でボールを受けるプレーでチャンスを演出しており、その場で4回ほど足踏みした。そこから一気にボールを蹴り込んで決めに掛かったシュートは、ゴレイロの股下を通過し得点となった。

また、タイ代表は堅守のチームであるようで、ボールをすぐに押し返そうとしたり、危なくなるとラインを割るようにチーラするのであった。『フラッシュ』と呼ばれる、瞬時に詰め寄るプレーも得意で、これによってイラン代表はスペースを広く取らざるを得なくなっていた。これには袴田、綴、綻も感心したようだ。

「いいディフェンスするな。これはかなり崩しにくいぞ」

「危機察知能力が高いですよね。危ない場面を意図的に避けることができてます」

「個々の理解度の高さがチームの共通理解を高めてる感じですね。手ごわいな」

対するイラン代表は、猛攻のチームであるようで、カウンターを喰らいそうな危うい場面でも構わず攻め込んで行くことを選択するようであった。ディフェンスでも、そのアグレッシブさは発揮されており、タイ代表はその執拗なプレスを、発達した肩甲骨を盾にして押し返していた。

タイ代表はイラン代表の執拗なプレスにも耐え忍んでいたのだが、前半17分、遂にフィクソの位置から陣形が崩れて、フィクソの2番からピヴォの3番へのパスが通り、ヘディングで押し込まれてしまった。金と昴は感心している。

「相当にイケイケなチームだな。1点取られたら2点取り返せばいいみたいな」

「それになんだか生き生きしてますよね。みんな伸び伸びプレーしてるっていうか」

 タイの11番が、切り返しから出したセンタリングを、ディフェンダーが中途半端にカットしてしまい、それをピヴォの選手が押し込む形となった。しかし、イラン代表のゴレイロが辛うじて止め、それをチーラした選手とハイタッチを交わす。

そのラインを割ったものを、5番の選手がライナーのパスで通すと、ピヴォの3番がそれを強引に押し込んでしまった。タイ代表ゴレイロは落胆の色を隠しきれない。

 ここで馳川は思うところがあったのか、気になる質問を躾にぶつけてみる。

「躾さんはどっちと当たるのが嫌ですか?」

「俺か?う~ん。どっちもかな」

「なんすかソレ。男らしく決めて下さいよ」

「おう言うね~」

「当然でしょ。結果が出てから答えを決めても遅いんですよ」

 そしてこの2対1の状況のまま、ハーフタイムを挟んで後半へと移行した。



 後半に入り、タイ代表は得意としている『オーバーラップ』と呼ばれる戦術を発動し、これは基本的に守備的な陣形であり、ディフェンスが前の選手を追い越しオフェンスに加わることで、チャンスを演出するものであった。

その直後、タイ代表6番がイラン代表4番の行く手を遮り、タイ代表11番がフリーでボールを受けてシュートを放つ。これが綺麗に決まり得点は2対2となる。昴、金、硯は先程のタイ代表6番が気になったようだ。

「あの6番いい仕事してますね。準決だからって足痛めてでも出てますし」

「多分アイツがエースなんだろうな。怪我で力が発揮できないのは悔しいわな」

「本来どんな選手だか気になりますね。万全の時に対戦してみたいなーー」

「本調子の時に試合することもあるんじゃないか?世界って広いようで狭いからな」

「うほっ、いいシュート!!」

 6番の選手は、この試合までに19点もの得点を上げていたが、準々決勝の中国戦で酷使しすぎたことで足にトラブルを抱え、左ひざにサポーターを付けて出場しており、果敢に挑んではいるのだが、度々こけてしまって係員が床をモップで拭いていた。

イラン代表は、振り出しに戻ったことで危機感を覚えたタイ代表9番の焦りを読み、ファウルを誘って、PKを獲得した。これを2番の選手が蹴って、アラの5番に当て、それをさらにピヴォの9番へ当てるという高等技術で回し、見事に得点とした。

再開後、タイ代表6番は最も得意とする『ピニング』と呼ばれるポジショニングで

ディフェンスを動けなくする戦術を用いながらイラン代表を翻弄すると、今度は抜けると見せかけて逆を突いてボールを受ける『フェインタ』と呼ばれる戦術で相手を攪乱かくらんし、十分に引き離すと浮き球ガンショでのパスを受け、自らチャンスを演出する。

そして選手がダマになって、ごちゃごちゃになった時に、6番が2対1でキープしてシュートを放つが、これは惜しくもゴレイロに阻まれ、こぼれ球を走り込んだ10番が押し込んで得点となった。それを見ていた藪、笑原、嵐山はそれぞれ感想を述べる。

「あれは実質6番の得点やな。あのアグレッシブなプレー、俺は好きやな」

「アイツが10番でも良さそうなもんなのにな。明らかいっちゃん(一番)上手いやん」

「まあ、いろいろあるんちゃう?年齢とか関係性とか、その番号が好きとか」

「せやろな。あれほどの選手やもん。キャプテンやらしてくれ言うたら、やれるで」

「みんながみんな、お前みたいに言いたいこと全部言えるわけちゃうねん」

「ははは、間違いない。藪はめちゃめちゃ主張が強いからな」

イラン代表の攻撃はもはや圧倒的で、シュートを外した回でも、得点になっていてもおかしくないと思えるような綺麗な形でオフェンスを締めくくれていた。

そしてその2分後、イラン代表3番のピヴォ当てから、4番が豪快にミドルを撃って決めて追加点とし、5対2とすると、タイ代表は慌ててタイムアウトを取った。

国際試合ともなると、真剣勝負であるのは当たり前のことであって、この試合では、両チーム3回ずつ、計6回のタイムアウトを取っていた。またタイ代表のしっかりと手を後ろに組んでハンドを防止する直向きな姿勢は見習いたいものであり、この点差にも関わらず全く気持ちを切っていない、その姿勢が清々しかった。

イラン代表は、完成度の高いチームであると言え、その粗がないプレースタイルは

称賛に値するものであった。サッカー出身の選手も居るのかもしれないが、しっかりとフットサルナイズされており、自分の得意なプレーや特性などをよく理解していた。

イラン代表の5番は、スライディングで体を張ってボールをラインから押し出すと、自分が出しましたとばかりに手を上げて審判に示唆。そのプレースタイルは紳士的で、2010年ワールドカップ決勝でコーナーキックになった際に、偶発的なものだからとキーパーにボールを返したオランダ代表のプレーを彷彿ほうふつとさせるものであった。

 イラン代表は、フィクソの2番から、コート全体を斜めに走る超ロングパスが通り、アラの5番がピタッとボールを足で止めてから、これで止めとばかりに、振り向き様にシュートを叩き込んだ。これには会場から歓声が沸き起こる。

結局はこれがこの試合最後のプレーとなった。準決勝とはいえ、その実力差は歴然としたものであり、如何にタレントがそろっている日本代表といえども、これは一筋縄では行かないと思える程の強さであった。

 ホテルへと戻って風呂に入りミーティングを終えると、みんな今日の疲れを取るため早めに各自の部屋に戻ることになった。だが昴は、決勝戦を前にしてどうしても聞いておきたいことがあったので、宿舎のうちの一室を目指して歩いた。

ふと横を見ると、袴田と東洋 瑠偉が一緒に部屋に入って行ったり、躾と大橋 璃華が人目もはばからず抱き合っていたり、馳川と河合 瑚奈がそそくさと外に出て行ったりするのが見えた。

“やっぱみんな裏ではやることやってんだな”などと思いながら部屋の前まで来ると、なんだか急に緊張して来た。だがここで躊躇していても仕方がないので意を決してドアをノックをすると、林が、硯と共に迎え入れてくれた。そして少しの雑談を交えた後、昴は日頃から気になっていたことを思い切ってたずねてみる。

「林さん。俺――どうしたらもっと上手くなれますか?」

「どうしたら上手く?――そうだな。室井に足りてないのは『気持ち』かな」

「気持ちーーですか?俺、まだ皆に技術面で勝ててないですよね?」

「テクニックに頼ったって上手くはなれないよ。ボールを追い続ける気持ち、ゴールを決めたいと思う気持ち、サッカーを続けたいと願う気持ちがないと、上手くなんてなれないんだ。最後には、気持ちの強い人が勝つんだよ」

 この平成の時代に精神論はもう古い。そう考える人も居るかもしれないのだが、昴は短期間ではあるが、自分を見てきた林が真剣に考えてくれた言葉を受け、これは大切なことが聞けたと感じた。

「ありがとうございます。その言葉、忘れないようにします」

「そうだね、いい心掛けだよ。室井は外部の人間にはわりと素直なんだよな」

「ははは、そうかもしれないですね。結構、内弁慶なんですよね」

「まだ若いんだし、何も気負うことなんかないよ。20代だろ?」

「そうですけどーーなんかもう歳かなって」

「俺なんかもう33歳だぜ。これでもまだ何も諦めてないんだから、若い方だよ」

「そうかーー、そうですよね!」

「そうだ!自分さえその気になれれば、何だってできるんだよ」

林のこの言葉に勇気づけられ、昴は漸く決勝へ向けて気持ちが作れたようであった。 

2002年10月30日17時、この日いよいよアジア・フットサル・チャンピオンシップの決勝が行われようとしていた。

先に行われていた3位決定戦の、韓国代表とタイ代表の試合は、4対2で韓国代表が勝利しており、スタジアムには未だその熱気が残っているようであった。普段より少々緊張ぎみの昴は、試合に向かう途中で嵐山が気になる言葉を発するのを耳にした。

「ここのファンはウルトラスやな」

「なんですか、ウルトラスって?」

「呼び方やわ。ウズベキスタン戦で居たようなマナーの良いファンを『ウルトラス』、韓国戦で居たようなマナーの悪いのを『フーリガン』って言うんや」

「へ~、ファンにもいろいろ居るんですね」

「せやな。けど、俺はどっちのファンも大切や思とる。俺らに力をくれる訳やしな」

「声援って力になりますよね。監督とかマネージャーとかのも」

「まあ、勝つには自分らのマインドも大切やけどな」

「嵐山さんは、勝つにはどんな概念が必要だと思いますか?」

「俺か?――優勝劣敗かな」

「優れた者が勝って、劣った者が敗れるってことですか?」

「そうや。それが自然の摂理やろ」

 そんなことを話していると、シューズを履き終えた笑原が話に入って来きた。

「っていうか、大丈夫かいなーあらっしー。予選から全然出てへんけど」

「大丈夫や、練習自体はちゃんと参加してるし。嘗めんなよ、海外プレーヤー」

「自信満々やな。俺ら国内組より格上ってことかいな?」

「そういう意味やないわ、金さんみたいな人も居るし。まあ期待しといてくれや」

 そう言った嵐山は、相当に金を尊敬しているようであった。金はこの大会を通じて、ピヴォとアラ、時にフィクソとして出場していた。その奮闘は役に立つ選手という意の『ユーティリティプレーヤー』と言えるものであり、常にマルチに活躍していた。

日本代表は金、藪、袴田、嵐山、馳川と初めて本来のスタメンでの試合開始となる。

その後まもなくイラン代表ボールでのキックオフとなり、その気迫のプレーは決勝に相応しいものであった。不滅の英雄アザール率いるイランは、決勝に向けて快調な滑り出しができていた。

アザールはボールをピタッと止め緩徐にフェイントを掛け、悠然と袴田を抜き去ってゴールへと押し込んだ。

アザールのこの『ラボーナエラシコ』は、片方の足でボールを跨いでアウトサイドに振ると見せかけ、そのままインサイドへ振るという技である。開始直後の得点に、日本代表の選手たちは落胆の色を隠しきれずにいた。

だが、日本代表の選手たちにも意地はある。試合再開後に、嵐山、藪、金とボールを繋ぐと、金のピヴォ当てに合わせた嵐山のシュートを、イラン代表ゴレイロのミカエラが弾いてコーナーキックとし、そこから藪が丁寧なフィードを出す。

そのフィードに対して、袴田がダイレクトボレーで合わせ、シュートはゴール右上に吸い込まれるようにして入った。一瞬にして会場のヒーローとなった袴田は、飛行機のように手を広げながら自陣を一周し、大きくガッツポーズをして見せた。

これにはミカエラも歯を食いしばって悔しがった。得点直後は気が緩み易いもので、その隙を突いての得点であった。この得点で1対1の同点となり、日本代表は、不屈の闘志を見せつけた。そして、フィールダーを焔、藪、笑原、港へと交代し更なる得点を期待していた所、イラン代表は一転してルーシェルをワントップとして残して来た。

 試合再開直後、笑原を躱してシュートまで持って行ったアザールを、港が止めようと飛び出した所アザールはまたしてもそれをひらりと躱し、重心を低く保ったままゴール前に居たルーシェルへとリードパスを繰り出した。直ぐ様それに対応したルーシェルはパスにきっちり合わせ、落ちついてシュートを決めた。

 子供のように喜んで、ルーシェルに飛びつくアザール。そこへ駆け寄って、また喜ぶチームメイトたち。日本代表の選手たちは悔しいがいいチームだなと感じ、その実力を認めざるを得なかった。それでも、日本代表も負けてはいられない。笑原の繰り出したフィードがガブロッタの腰に当たって落ち、すかさず詰め寄った焔が目ざとくゴールを決めた。この得点で2対2の同点、日本代表はまたしても底意地を見せた。

 試合が再開されると、ラファエロの正確無比のフィードを、アザールがコート右隅、角度のない所からシュートに変えて来る。これがゴール右上に突き刺さり、一歩も動けなかった馳川は悔しそうに顔を歪めた。右足でスライスして撃ったため、右側にアウトスピンでゴールへと吸い込まれたシュートは、まるでフリスビーのようであった。

 上には上が居る。この日昴は、その事を嫌というほど思い知った。そして、この狡猾かつ見事なゴールを見た、瑠偉、璃華、瑞希、瑚奈はそれぞれ感想を述べあった。

「それにしても凄い総合力ね。他のチームとまるで違う。相当に練習してるわ」

「分かります!アシンメトリーであれだけコントロールできるなんて」

「全体的に個々の能力も高いですよね。これぞ代表って感じ」

「あっ、カマキリ!!」

イラン代表は『アシンメトリー(左右非対称)』でクイックネスのあるアザールを前に、シュート力のあるガブロッタを後ろに配置しており、上手く役割を分担している。

得点を決めたアザールは、逆立たせた髪の毛を少しだけまみながら、平然と周囲の選手たちの祝福を受けていた。イラン代表の選手たりは髪の毛をワックスでガチガチに固めており、彫の深い顔と相まって厳つい雰囲気をかもし出していた。

 前半終了間際、金は得意のエラシコで、ボールをでるように転がして、フィクソのラファエロを抜き去りシュートまで持って行った。これは惜しくもバーに阻まれたが、跳ね返って来たボールを再び金が押し込んで得点とした。

 あまりの鮮やかさに両チームの選手たちは驚嘆したものであったが、当の金は最初のシュートを外してしまったことに対して納得が行っていなかったようだった。そして、アザールのラボーナエラシコと比較して、自分の技にどこまで磨きがかかっているかを競いたがっているようでもあった。

白熱の展開にチームのベンチがソワソワしだした頃、猿渡監督が昴に声を掛けてきた。

「室井、後半出すからアップしとけ」

「ウス、ありがとうございます!!」

ここからは正に総力戦といった感じで、使えるプレーヤーは全て使うといった方針であった。予想外の出場ではあったが、自分を認めてくれていると思うと嬉しかった。



 後半が開始されても、イラン代表の快進撃は衰えることを知らず、正に破竹の勢いであった。体力的に相当キツいにも関わらず、ポニョのウルエリを投入しフィールダーのポジションを埋めるだけで、控えの選手との交代はそれしかなかった。

全員が20分の試合に全力で挑めるほどにタフであって、それぞれの鮮やかにきらめくスパイクが狂おしいほどに魅力的であった。カラーのスパイクを履いている人は上手いと言われるが、イラン代表の選手たちも、御多分に漏れずそのようで、アザールが赤、ガブロッタが緑、ラファエロが青、ミカエラが黄、ウルエリが桃色、ルーシェルが紫のスパイクを履いており、監督のメタトラもこれが気に入っていた。

昴、綴、綻、嵐山、馳川という布陣で開始された後半は、イラン代表は味方の方へとボールを受け取りに行く『アタカール・エル・バロン』を積極的に行うことで流動的なオフェンスが作れていた。隙ができた所、ウルエリの放った緩いシュートを馳川が器用に片手でキャッチし、防ぎきることができた。

 次に、日本代表のオフェンスに切り替わると、イラン代表はルーシェル、アザール、ガブロッタが透かさず距離を詰めると、ボールホルダーの嵐山は、一気に不利な状況に追い込まれた。だが嵐山は冷静に俯瞰ふかんし、危なげなくボールをキープして見せた。

“やっぱ、一流のディフェンスはプレッシャーにも強いんだな。あれだけオフェンスに詰め寄られても落ち着いてキープできるだなんて”

昴が、そんなことを考えていると、嵐山がここぞとばかりにフェイクを見せつける。嵐山のこの『ステップオーバー』は足を大股に振り抜き、シュートをすると見せかけることによって相手を惑わせる技である。

 このフェイクによって、アラの二人を抜き去った嵐山は、数的有利の状況を活かして昴へとパスを通した。最前線でパスを受けた昴は、絶好のチャンスを得られたわけだが、国際試合特有の精神的なプレッシャーからか、シュートが浮き球になってしまった。

 シュートは惜しくもバーの上を通過し、守勢に転じた日本代表は、一気に攻め込んで来るイラン代表に対してチェックが追い付いていなかった。そこでラファエロが出したフィードに対して、ガブロッタがスルーパスのような形でノータッチで受け流したものを即座に近寄ったアザールが受けた。

アザールはこれを豪快なシュートに変え、当然の如く得点に変えてしまった。昴は、俄かに自信をなくしかけていたのだが、林がそれに気づき励ましの声を掛けてくれた。

「ドンマイ、今のは仕方ない」

「すません、イージーミスでした」

「気にすんな。取り返しゃいい」

「はい、気合い入れて行きます!!」

 そこから、共に1点ずつを加えて4対5として迎えた後半10分、嵐山と交代で出場した港が、ルーシェルのスライディングに足を取られてかなり派手に転んでしまった。これに日本代表の選手たちは、猛烈に抗議する。審判に見られている中で、笑顔で指を指し合いながら怒る様は、真剣なのだがどこか滑稽でもあった。

日本代表は獲得したPKを無駄にせず、金がきっちりと決め、5対5の同点とした。だが試合終了2分前、アザールが一瞬の隙を突いてラボーナエラシコを繰り出して昴を躱し、フォローに入った袴田、嵐山ともども抜き去って5対6とした。

パフォーマンスとして、人差し指をゴールに向かって振っている様相は、日本代表にとっては悪魔のようだった。結局そこから得点をくつがえすことができず、相当に健闘したと言える状況ではあったが、日本代表は惜しくも敗れてしまった。

試合後に昴は、そのあまりのショックに茫然と立ち尽くしてしまった。

その『姿』を見たアザールは、何を思ったのか昴に近づいて来た。

「ハブ ファン!」

楽しめよ!。去り際に彼は、たった一言そう言った。その言葉とは裏腹に、昴は頬を冷たく濡らしていた。“1点も取れなかった。今の自分は、まだまだ全然ダメなんだ”そう考えると、落胆の色を隠すことはできなかった。

強さだけではダメだった。人は弱いものだった。折れた心は、そう簡単には元に戻らないものだった。募る焦りと悔しさだけが、じりじりと心をむしばんで行くのであった。

この大会の結果、ゴールデンボールが日本代表の金、シルバーボールがイラン代表のアザール、ブロンズボールが韓国代表の姜 砕人、ゴールデンブーツがウズベキスタン代表ゴレイロのウルマス、得点王が21点でタイ代表のモンクットとなった。

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第十二回 https://note.com/aquarius12/n/nd308f04d7833