butterfly

先週、久々に会う友達とランチに出かけた私の記憶に残っているのは、あの日食べたパスタの味よりも、友達から聞いた共通の知人の離婚の話よりも、ヒラヒラと楽しそうに寄り添って舞う2匹の蝶。


黄色い蝶と、白い蝶。
ちいさな2匹は、小洒落たカフェの中庭で、私たちが有機野菜のサラダとボロネーゼ、そしてデザートを食べている最中、ずっとヒラヒラと遊んでいた。

『本当に可哀想だよ、子どももまだ小さいのに』
共通の知人はアラフォーの私たちより少し若く、1歳になるかならないかの赤ちゃんがいたはずなのに、旦那さんの不倫が発覚し、離婚することになったらしい。
ボロネーゼをフォークにくるくる巻きつつ相槌を打つ私の目線は、ときどき視界の左側で遊ぶ蝶たちを捉える。 

『不倫なんて、こんだけテレビでも騒がれてるのに、なんでわざわざしようと思うんだろうね?それしか楽しいことないのかな?』
そうだよ、と口からうっかり飛び出そうになるのを、アイスティーで飲み込む。

パスタが残り少なくなっても、蝶たちのダンスは続く。
黄色い方が私で、白いのはあなたみたい。
中庭に咲くマリーゴールドやラベンダーの中を自由に飛び回るも、決して中庭の外には出ようとしない2匹。
造花の飾られた古びた部屋で、あちこち場所を変えながら重なり合ったいつかの私たちと、どこかダブるようにも感じる。

不倫なんてって言われたって、楽しいのよ、今までの人生で起こった何よりも。
思うように逢えなくても、連絡すら取れなくても。
だって、私は魂のつがいに出逢ってしまったんだから。

…なーんて言ったら、多分この子、思考回路がフリーズしてしまうんだろうなぁ。
仕事繋がりで割とよくランチに出かける友達とはいえ、理解してもらおうとは全く思わない。

実際のところ、彼と逢えなくなって、1年が経つ。
その間、何度かLINEで連絡はしたけど、既に向こうのパートナーにも私の配偶者にも関係はバレているので、生きているうちに再会できるかどうかはわからない。

ただ、私と彼は多分、間違いなくツイン。
ほとんど真逆の思考パターンを持ち、だけど互いにそれを面白がり、また知りたがる。
そのくせ、根本的に人として大切に思うことは同じ。
そして、驚くほど肌なじみのいい体。
もしこれが運命の恋ではないとしたら、とんだ茶番どころか、人生最大級の黒歴史になってしまう。

『あ、美味しいね、これ!』
デザートはレモン風味のチーズケーキに、一口サイズのレモンソルベ。
ボロネーゼの後に食べると、口の中がさっぱりしてちょうどいい。
何事も、相性ってあると思う。
あまりの美味しさに、友達よりだいぶ早く完食してしまう。

デザートを食べ終わった後に窓から中庭を眺めていたら、オレンジ色のマリーゴールドの花に白い蝶が止まった。
黄色い蝶は、白い蝶を見守るようにしばらく付近を飛び続けていたけれど、やがて自らも違う花を探しに離れていく。

最後に顔を見たのは、駅構内。
ホームへと旅立つ彼を見届けて泣いたあの日から、私はまだ、違う花など探しに行けないでいる。
彼は、枯れかけたひとつの花に留まる覚悟を決めたのだろうか?

まだ話し足りなさそうな友達と次の店に移るべく、席を立ったその瞬間のこと。
『あっ…』
白い蝶が止まっていた花から飛び立ち、まるで黄色い蝶を探すように中庭を広く回り始めたのだ。
『どうしたの?財布でも忘れた?』
何も知らない友達の言葉に慌てて首を横に振りながらも、私は中庭で繰り広げられる光景から目を離せず、その場から動けない。

黄色い蝶は、花よりも少し上の方を気ままに飛んでいた。
白い蝶は、最初それを見つけられずに、中庭の四方を覆うガラス窓にぶつかりそうな勢いでくるくると大きく回っていたけれど、そこに黄色い蝶が舞い降りてきて、また2匹で仲睦まじくダンスを始めたのである。

きっと、私たちもこうなる。
いつになるかはわからなくても、私たちなら再びこうして寄り添い飛び交うことができる。
2匹の蝶から、そんなメッセージをもらった気がする。

『よかった…』
思わず口から飛び出た言葉を、先にレジに歩いていった友達は聞いていなかった。

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