『A子さん恋人』読書会/A太郎の底知れない余白
「とにかく『A子さんの恋人』は構成力がすごい」という言葉がくりかえし飛び交った読書会でした。
物語冒頭は恋愛メインの美大あるある漫画なのかな? と思わせるラフな雰囲気。しかし、だんだんキャラクターの心情や関係性が明かされていくなかで「なんだこのえぐられるお話は……!」と沼に落ちていく……。
青春群像劇なのに秀逸なミステリーのような側面をもち、ちりばめられた大量の伏線がラストに向けて様々な形で回収されていきます。
さらりと読むだけでも、最初から最後まで一貫した世界観が印象的な作品でございました。
そんな『A子さんの恋人』を読み込んだ(あるいは読むかどうか揺れている)ガチの漫画好きメンバーでざっくばらんに話した、楽しい読書会の備忘録。時流にのってオンライン開催です。
※以下、ネタバレを含みます※
◼️『A子さんの恋人』とは?
ニューヨーク在住のアーティスト、近藤聡乃著。美大出身の個性的なキャラクターたちが織り成す青春群像劇。漫画家のA子/世渡り上手イケメンのA太郎/インテリアメリカ人のA君の三角関係を中心に、才能・仕事・恋愛などのもろもろを洗練された絵柄と構成で描く。2020年11月発売の7巻で完結。なぜキャラクターの名前がアルファベット表記なのかは……本編を読むとわかります。
■参加者
M尾…ライター/女性/東京在住
K木…ライター/男性/東京在住
I本…記者/女性/NY在住/『A子さんの恋人』未読。この読書会で読むかどうか決めたいとのことで参加。
ゆぱ…IT企業勤務/女性/東京在住/このnoteをかいているオタク。
■『A子さんの恋人』の印象
I本「わたしは近藤聡乃さんのエッセイ漫画『ニューヨークで考え中』は読んでいるけれど、『A子さんの恋人』は未読で。三角関係モノで、主人公のA子さんがどっちの男を選ぶのかというよくある話とは聞いているんだけれど、近藤さんだからそんなシンプルな話になっているはずはないよなぁと、読むかどうか揺れています」
M尾「三角関係を描いてはいるんだけど、安っぽいドラマが始まるわけでもなく、あまり恋愛ものという印象がないんですよね。キャラクターたちが才能に悩んだり、過去と決別する様子をすごい表現で描いているという」
ゆぱ「そうなんですよ。舞台も中央線沿線とニューヨークをまたいでいて華やかだし、物語の土台はTHE少女漫画。それなのにここまで深くできるのか、という」
M尾「A太郎のキャラがいいんですかね?」
ゆぱ「それも大きいかもしれない。A太郎ってちょっと中身が空洞っぽいというか、なにかしらを抱えているゆえの空虚さがあると思うんですけど、その描かれ方は少女漫画より少し上の世代かなって思う」
K木「ユニセックスっぽいともいえるんですかね」
M尾「そういえば途中でA太郎が男の子に告白されるシーンがありますよね。その相手にも真摯に向き合うし、断った後に一緒に飲みに行くというとてもA太郎らしいエピソード」
ゆぱ「あ〜ありました、ありました!」
M尾「あ、職場の女の子にも告白されますね。その子にもちゃんと対応するし、もらったプレゼントに感動もする。腐ってはいないんですよ。調子の良い男ではあるけれど、随所で魅力的に思えてしまうように描かれているんですよね」
■A太郎の余白
ゆぱ「何回も読み返してるけれど、わたしはA太郎がいまいち掴みきれていないんですよね。顔が良くて美術の才能もあって世渡り上手だから周りが寄ってきちゃうけれど、それをもてあましているのかな?」
M尾「あ〜A太郎は特別視されるが故の苦しさがずっとありそう。みんなが好きなのは外面の良い、アルファベット(記号)としてのA太郎。それでもなんだかんだ生きていけちゃうけれど、そんな彼が惹かれたA子ちゃんはアルファベットではない漢字の永太郎本人を見てくれる人で、付き合うこともできた。そういうA子ちゃんを特別視している」
ゆぱ「あ〜A子ちゃんはA太郎に随時イライラしてますもんね(笑)」
M尾「そうですね(笑)。付き合ってるけど、ある側面では嫌いなんですよね、怪しんでる。でも最終回で『そこも含めてA太郎はA太郎のまんまでいいんだよ。あなたが直さなきゃいけないのは自分を嫌いなところだけ。空虚さを抱えているのだとしても、それでいい』ということを言ってあげるのがとてもいい。話しているうちにだんだんわけがわからなくなってきましたが(笑)」
ゆぱ「あ~なるほど。いや、わたしのなかではすごい整理されました(笑)。ただ、A太郎の空虚さがどこからきているのか、と考えたときに家庭環境が描かれないのはちょっと謎として残ってますね」
M尾「男の人の家庭環境はあんまり描かれないですね。ヒロくんくらい」
K木「全員の過去までほりさげたら大変ですしね。でもそこの余白がとてもいい」
ゆぱ「たしかに、余白としてはとてもよく機能しているかもしれない」
M尾「A太郎は上昇志向もないですよね。疲れたときにやりたいのは『安くて大してうまくもないものがたくさん食べたい』『性格の良い女の子とカルタがしたい』とか言っているし。美術も得意なだけで好きではなくて、ほかに好きなものがこれといってあるわけでもない」
I本「A太郎のことを、たとえば取り立てて趣味を持たない人たちが見たらどう思うのかが気になります。『好きなもの、情熱を注げるものが見つからない』のはわりと一般的なことなんじゃないですかね? とても共感を呼びそうな気がする。というか、なんでA太郎は美大に行ったんだろう。(笑)」
M尾「美術が得意で、周りにはやし立てられたとかですかね」
K木「普通の大学に行ったら行ったで悩んでそうですよね。周りを惹きつけるのは変わらないわけだし」
I本「普通の大学の美術サークルに行くとかがちょうどよかったんじゃ……」
ゆぱ「(笑)。たとえばですが、ドラマ化したらA太郎が世間の基準として主役になるのかもしれない。A太郎から見た奇人変人たち、みたいな。笑」
■男性から見たA君
K木「A子が渡米したあとに付き合ったA君に関しても、男から見たら強すぎる。ニューヨーク在住の翻訳家で見た目も優れていて、スペックも高いし。あれで家庭環境まで描かれると 『かなわん』ってなっちゃうから、自分としてはあれくらいでよかった。共感できる余白があるんですよね」
ゆぱ「そういえば、A君がアメリカ人の完璧な美女にいいよられてあっさりふるシーンがありますよね。A子がA君からのプロポーズを保留にしたまま帰国するという絶妙なタイミングで。あれは男から見るとどうなんですか?」
K木「あれは二股する自分を許せないからじゃないですか? A君がA君であるための選択。自分がどうありたいかがはっきりしてて、そこに向けて積み上げていける、パートナーにとっては最高の人材。そしてA子さんとの約束があるから、A君なりの覚悟を感じさせるエピソードだった」
M尾「さっぱりしてるし、アスリートっぽい」
ゆぱ「なるほど、かっこいいなあ。ただ、そんな人が実際にいるのか私はちょっと信じきれないんですが(笑)、そのA君がとあることからA子との関係性に焦って日本までくるシーンが衝撃だった」
K木「理論的なA君がアメリカから日本に飛んでしまう、あれはA君の成長のエピソードでもあるし、すごく恋愛漫画っぽい」
M尾「ギャップがいい……!」
■A子をめぐる、A太郎とA君
ゆぱ「あの二人は対照的な存在ですよね」
M尾「A子さんを好きになるポイントは一緒だけれど、向き合い方は正反対。A子ちゃんに対し、A君は自分のテリトリーにはいりこませる、A太郎は相手のテリトリーにはいりこむ。A君は仕事の相談相手となり寄り添うけれど、A太郎は才能に憧れサポートしながらも、ふとした時に意地悪をしてしまう。まあ付き合っていたのが大学時代という若さもあったかもしれないけれど」
ゆぱ「A子とA君は仕事のバランスがとれている、という印象もありました。漫画家と翻訳家で、同じ目線で相談したり仕事の話ができる。たいして、A太郎はA子ちゃんみたいになりたいって追いかけてますよね」
K木「付き合ってるときの年齢も関係ありそうですよね。A君だって20歳前後だったらA太郎のようなことをしてたかも。それにしても、作者はなんでこんなに男の人の気持ちがわかるんだろうって思う。A子ちゃんのように淡々と夢に向き合える人に対して、つい足を引っ張っちゃうようなA太郎の気持ちはよくわかる。性差はあまり関係ないかもしれないけれど、共感しかない」
M尾「うーん、A太郎の気持ち、わかるかなあ~?!(笑)」
ゆぱ「(笑)。A君もなかなか強烈なキャラですよね。『自分が好きな人以外にはとことん冷たい』という日本ではなかなか生きづらいキャラクター。アメリカだから許されている?」
I本「そういう『自分が興味のない人間には嫌われても構わない』キャラクターはアメリカというよりニューヨークのような大都市だからいける気がします。むしろアメリカの大都市に生きる人の性格としてはデフォルトですね」
ゆぱ「なるほどー、ニューヨーク在住ならではの視点ですね」
M尾「作者の近藤さんもニューヨーク在住で、アメリカ人の旦那さんがいますよね。そして漢字の練習をしている。A君にも反映されているし、そういった背景を全て作品に注ぎ込んでいるのが書き手としてすごい。生活全てがこの作品に反映されている気がする」
ゆぱ「しかもA君が趣味として始める漢字の練習が、最終回ですごい威力をはなつという……。構成力はここでも光ってますよね」
■A子はなぜA太郎に執着していたのか?
ゆぱ「けっきょくA子さんはA太郎のどこを好きだったのか、なんだかんだ特別だったのはなんでなんだろう? そこが最後までよくわからなかったんですよ」
M尾「A太郎の気持ちほどはA子のほうは描かれませんでしたよね。好きというより執着? うまく別れられなかった、肝心なシーンで適切な言葉を返せなかった関係性への後悔であって、A太郎そのものへの気持ちはそんなになかったのではないんですかね?」
K木「あれはA太郎がA子をコントロールするのがうまかったんですよ。ねっとりと振り回すというか(笑)。僕もA子さんがA太郎を好きだったとは思わない」
ゆぱ「A太郎、恋愛含めて人間心理のスペシャリストみたいなとこありますもんね。(笑)」
K木「ただ、自分の才能をいちはやく認めてくれて、たくさん助けてくれて感謝はしている。そんな相手のことを理解しきれなくて、なぜうまくやれなかったんだろうということへの後悔、わだかまりなんじゃないかと」
ゆぱ「なるほど……。いま話してみて、わたしは『形は違えどA子もA太郎のことが好きだったんじゃないのかな?』となんとなく思いました。たぶんA子にとっては初めてのちゃんとした彼氏だったはずで、人気者のイケメンで懐に入り込むのもうまくて、20歳前後の女子だったら好きにならずにはいられないというシンプルな側面もあったんじゃないかと……ただそうだったとしても『A子が自分らしくいられない』恋なんですよね。切ない……」
■女性視点の『A子さんの恋人』
K木「女性はA子さんに共感するの?もしくは誰に共感する?」
M尾「わたしはA子さんには共感しないです。あ、最終巻でようやく共感できたかも。A君に対してなぜ返事ができないのかわからなかったけれど、最終巻で人付き合いに不安があるということがようやくわかった」
ゆぱ「だれに共感するだろう……みんなにちょっとずつ共感するってかんじでしたね。恋愛面はK子、美術(才能)面はU子、もやもやした気持ちをうまく言えないのはA子みたいな。とくにこのキャラっていうのはなかった」
M尾「K子ちゃんにはぜんぜん共感できなかった。仕事に対して真面目でえらいなぁ〜友達にこういう子いるなぁ、助かるなぁ〜って。笑」
■ラストに向けた切なさ、カタルシス
M尾「みんな最終巻にむけておおきく変わっていきますね。美大時代の名残みたいな、わちゃわちゃした雰囲気から脱していく」
ゆぱ「ラストにかけた物語の盛り上げ方、本当に秀逸な構成だったなと思います」
M尾「そうですよね。A子ちゃんの美大時代からの友人であるK子ちゃんやU子ちゃんも遠くに行ってしまうし。わたしも友達が結婚するときに『K子ちゃんみたいに遠くに行っちゃうのかなあ 』って切なくなったりしました」
ゆぱ「大人の成長譚みたいなところありますよね」
K木「キャラクターみんなが選択する勇気と力をそれぞれ蓄えてきている。お金という意味でも、もがいていたA太郎だってなんだかんだ得意なことである販売員としてちゃんと稼いでいるし」
M尾「お金持ってないとラストの大事なシーンで使えないですもんね。ちゃんとみんなが経済的にも精神的にも自立しているのがこの漫画の特徴でもある気がする。あ、A太郎は精神的にはちょっとあやしいか」
ゆぱ「たしかにこの種の漫画だと、自立していないキャラクターが自分なりの道を見つけていくパターンが多いかもしれない。でもこの作品では、たとえばお金についても割と明確な価値基準を置いている。肝心なシーンで『お金はこういう時に使うもの』というセリフが繰り返しでてきて、印象に残っています」
K木「A太郎も最終回で大きく精神的にも成長しますよね。ひたすらA子ちゃんを振り回していたのが、A子ちゃんのためにA君からのカードを見つけて送り出してあげたり、相手のための行動をするようになる」
M尾「そうですね。みんな成長する。最終回のあの感動って、過去をやり直せたシーンを描いているからだと思うんですよ。現実では大抵そんなにうまく別れられないし、過去の後悔はそのままになってしまう。A子さんだから過去を引きずり続けたし、A太郎だから執着し続けられた。現実にいる読者は、そこに『うわ~!』って感動する気がする」
ゆぱ「たしかに、誰しもが持っている『やり直したい過去』を形を変えてやり直している、その擬似体験ができる漫画でしたよね。何回でも読みたくなるなぁ」
……………以上………………
本当はこの4倍くらいの時間をかけて他作品の話題もだしながら話したのですが、長くなりすぎるのでこのあたりで……。
個人的にものすごく衝撃を受けた漫画だったので、こうして話すことができて整理もできたし、謎の解明もできて、とても楽しい時間でした。
またいろんな作品でやりたいなー。