無職でも腹は減るなり

無色、CMにつられる、の巻。

「うまそうだなあ。」

いつもの喫茶店でだらけていると、店内のテレビから流れてきたCMに向かって無職が呟いた。ケンタッキーのCMだ。有名な女優が辛いチキンを辛そうに食べている。
「KFCか。この辺りにあったかな。」
携帯で調べると駅の近くに印がついた。
「今から行くかい。」
「うーん、まずいなあ。」
「うまかったり、まずかったり、一体どうした。金かい。」
「金ならあるよ。手当が入ったからね。」
「なら帰りがけにでも寄ればいい。何が問題だ。」
「だってだよ。国から貰った手当であんな贅沢品を買って、いいのかね。許されるのかね。」
「なんだそんなことか。相変わらず細かいことを気にするたちだね、君は。」
「"なんだそんなことか"とはなんだ、血税だぞ、国民の。貴君の。」
「そして君が今まで律儀に納めてきたものでもあるな。」
そう指摘してやると、無職は気まずそうにコーヒーに口をつけた。
「いいかい、俺たちは善意で税金を納めているのではない。何かあった時に助けて貰えるように、国に預けているのだ。貴君はそれを返してもらうだけだ。元は貴君の懐から出た金だ。なんの気兼ねがあるのだ。」
「うむ。」
「給与明細を見る度に落ち込んでいただろう。あの時の苦労が報われているだけだ。慰労金だ。」
「ううむ、そうか。そう考えれば良かったのだな。」
無職は、態とらしく顎をゴシゴシと擦った。
「そうだ。その調子だ。全く君は、つまらない事にばかり気を揉むね。」
「つまらなくなどない。俺にとっては重要なことだ。しかし考え方を変えたら気が楽になった。気が晴れたら腹が減った。」
無職は立ち上がったと思うと机に手を滑らせた。気がつくと彼の手には伝票が隠れている。
「おい、無茶するな。」
「無茶などではない。さっきも言ったろう。昔の俺から慰労金が入ったのだ。」
たまの恩返しだよ、貴君。そう笑顔で言うと、無職はレジに店員を呼んだ。

一足先に、冷たい水に飛び込むような心持ちで外へ出た。しかし空は高く澄み渡っているので視界は夏のようだ。妙な錯覚に目眩を起こしそうになる。

空に負けじと無職の顔も晴れ渡っている。
俺たちは辛いチキンを求めてKFCを目指した。


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