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六人の赤ずきんは今夜食べられる~オーディオブック


前置き

 私は坪井智浩さんのファンなので、だいぶ前に『六人の赤ずきんは今夜食べられる』がリリースされたときには、何の前情報も得ないままに、秒速でポチった記憶があります。
 そもそもオーディオブックとは何なのかもよく知らないままに。いまだに本作以外のオーディオブックは所持していないため、よくわかっていませんが。

 私はドラマCDという媒体がとにかく好きです。特に、テイルズオブファンタジアのドラマCD各種シリーズは傑作。本編は音楽の使い方がドラマチックだし、コメディのシリーズも役者の演技が光っている。金月龍之介の脚本はすごく好きで今でも憧れです。
 ま、そんなこんなでドラマCDを延々と聞いていると、素人ながらに、なんだかすごい心情吐露の演技がうまいなあとか、ナレーションやモノローグがうまいなあとか、そういうところで声優さんのすごさを理解したりします。ダイレクトに声だけで勝負する媒体なので、力量が丸裸になってしまうところがあるのではないかと思います。
 朗読劇もたまに行きますが、あれは衣装や表情、動作などがあって(それもそれで難しい部分ですが)視覚的要素による補足ができますからね。生の芝居の良さもあるしどちらも好きだけど、私は力量ガチンコ勝負でいく音声のみのドラマが一番好きかもしれません。消費者のいち意見としてはね。

 で、オーディオブックというのも、基本はあまり変わらないのですが、ドラマCDと違うのは、書籍を丸ごとそのまま読み上げていること。音声用に仕立てているわけではない文章を読み上げるので、役者さんはさぞかしやりづらいことでしょう。ドラマCDでは脚本家がそのあたりに気を遣っていますからね。(たまに読み上げに適さない日本語を直してないときに脚本家の力量を知ることもできる)
 BGMやSEもありません。臨場感は、言葉とその読み上げ方のみで出す必要があり、これは役者にドラマCDを超える高度な技術を要求しているといえます。
 そしてこれは今までにない体験だったのですが、あとがきや奥付も読み上げられます。通常の読み聞かせではここまでは読まないだろうからおもしろいですね。副音声など、視覚障害者向けの読み上げコンテンツに親しんでいる人にとっては当たり前のことなのでしょうが。

 さて、そんな音声ドラマ好きで不眠症の私が、眠れない夜にちまちまと聞き進めた本作がやっと終わったので(なんと8時間超え!)、感想を書いてみます。

基本情報

ジャンル:パニックミステリー
著者:氷桃甘雪 (こおりももあまゆき)
イラスト:シソ
レーベル:ガガガ文庫
配信日(電子書籍):2018/5/25
配信日(オーディオブック):2020/3/23
再生時間(オーディオブック):517分(8時間37分)
備考:第12回小学館ライトノベル大賞・優秀賞受賞

オーディオブックキャスト:
 ナレーション・猟師役ほか:坪井智浩
 バラずきん:田中あいみ
 ザクロずきん:木間萌
 紅茶ずきん:竹内ゆうか
 リンゴずきん:花ノ木美織
 チューリップずきん:小野紗也加
 ツバキずきん:百野紗雪

あらすじ

 過去に過ちを犯し、各地を放浪する猟師。
 彼は、ひとときの滞在を求めて訪ねた村で奇妙な話を聞く。この村にある森には赤ずきんを被った少女たちが住んでいて、年に一度だけ、赤い満月の夜に現れる巨大なオオカミ――「ジェヴォーダンの獣」によって喰われてしまうのだという。その獣は必ず少女だけを狙い、妨害をしない限り大人を襲うことはない。
 今夜はその赤い満月の夜だった。ジェヴォーダンに近寄らなければ滞在してもよいと告げる村長に、猟師は、なぜ少女たちを見殺しにするのかと問う。今までも、堅牢な家を作り、遠くに連れ出し、穴を掘り、とあらゆる策を講じたが、ジェヴォーダンは獣とは思えぬ知恵を使って策を破り、必ず赤ずきんを喰らい殺すのだという。しかし、赤ずきんたちが作る「秘薬」で生計を立てている村の大人たちは、決してこの地から去ることはせず、ただ、黙って一夜をやり過ごしているのだ。
 自らの過ちの影を少女にみた猟師は、村の人間を責めたて、赤ずきんたちを守ることを宣言する。猟師は、獣に襲われいまや六人だけとなった赤ずきんたちを連れて、森のはずれにある「魔女の塔」に向かった。夜を明かすまで立て籠もる猟師と赤ずきんたちは果たして、塔に近づくオオカミの牙から逃れ、生き延びることができるのか?

ネタバレなし感想

シナリオ:★★★☆☆
キャラクター:★☆☆☆☆
ミステリー難易度:★★☆☆☆
演技:★★★☆☆
スリラー度:★★★★☆
おとぎ話度:★★★★★

 地の文のモノローグが主体の主人公目線の内容で、ライトノベルとか久しく読んでいないけどこんな感じだったっけ? と思った。音声ドラマ向き。
 そしてさらに音声向きなのが、思ったよりもスリラー小説だったこと。いや、夜寝るために聞いてんのに、眠れなくなったんだけど~~。グロ怖くて。
 オオカミが赤ずきんを食べる様子を骨がポリポリいうとか表現するし、けっこう血も噴き出すし、いつ怪物が襲ってくるかわからないハラハラ感とか冷や汗ものでした。そういうのは小説より音声の方が避けようもなく襲ってくるので、そういう意味ではいいかも。

 まずは作品そのものとして、良かった点は3つ。1つ目は、いろんな寓話などの題材をミックスしてストーリーに織り込む独自性。主題の赤ずきんはもちろん、それを襲うオオカミを「ジェヴォーダンの獣」にして、他にもいくつかの題材を使っているけど違和感はなく、矛盾もあまりなかったかなと思います。そして子どもを守らない大人を自責も含めて批判するなど、話そのものも寓話的ではある。
 2つ目は、謎解きのヒントがわかりやすく配置されていること。音声で聞いたのもあって、複雑なパズルトリックや叙述トリックとかは難しいところを、本作は単純でわかりやすい謎だったので楽勝でした。ヒントになりうる内容は繰り返し提示もされるのでわかりやすい。
 ミステリーの満足度は低いかもしれないが、むしろどうやってオオカミに打ち勝つかの方に主人公の知性を感じるので、退屈はしないと思う。「限られた物資で勝てる方法を考える探偵役」は結構好きかも。
 最後は、実は(?)流行りの人狼ものでしたという点。上記に書いたあらすじにはミステリー感ないけど、実は人狼ミステリーです。途中で人狼だよって教えてもらえる(?)ので、そっからはそのつもりで聞いてたら自然と謎にコミットできるというか、そういう仕組みになっていることで退屈せずに済んだ。

 悪い点も。まず、ぜんぜん赤ずきんがかわいくない。絵も好みじゃないけど、それは置いといてもあまりにも記号的で、守ろうという気が起きない。必死に助けるんだから、もうちょっと思い入れを持たせてほしい。まあ、思い入れ持たなくても大人なら子どもは助けましょう、なのはわかるけど。
 そして、小説である意味があんまりない。ゲームシナリオの方がいいんじゃないかな。例えば(無駄に)6人もいる赤ずきん。それぞれ異なる効果がある秘薬。主人公が挑む塔の鍵あけ。塔内部の構造を使った攻防。なんだかゲームの方が面白くなりそうな数々のシーンがある。
 それに反して、小説の強みである心情の深掘りは、ずっと贖罪、倫理、後悔、不安。説教臭いなあと思った。個人的には自らの罪に苦悩する人間とかかなり好きなんだけど、それに至る「事実」の経緯を分厚く、解像度高くしてもらわないと、心情吐露を繰り返すたびに説教臭くなる。
 しかも主人公は相当頭が切れる人物。なぜなら探偵役だから。そして体力があり、緊急時にも臨機応変に危機を回避できる。小説にするなら、そんな奴が何で罪を犯したんよ? というところをもうちょっと深掘りしてほしかった。

 あと音声ドラマとしての出来は――私は坪井智浩さんのファンなので偏った意見になりますが――微妙でした。
 違うんです。坪井ファンはオーディオブック買った方がいいです、絶対に。
 彼はナレーションと主人公の猟師、そして他のすべての男性の役を演じていたわけですが、8時間超のドラマのナレーションを一定の、マジで一定のテンポでこなすなんて、本当にプロはすごい。
 かつ、本作は異常に地の文の擬音語・擬態語が多くて(作品としてはそこもダサくて好きじゃなかったなあ…)。トットット、とか、グガガ、とか、ドサッ、とかそういう感じの音の表現が秀逸。臨場感を出すのに大きく貢献していたし、あとは一部オオカミの鳴き声もしていたのでファンとしてはめずらしいな~! と喜べた。
 あと、最後にご本人の感想コメントもあるので、ファンはぜひ。
 まあそもそも供給が少なすぎて、この世に存在するあらゆるナレーションを脳内で坪井ボイスに変換して楽しむことさえあるファンとしては(!)、8時間もしゃべってるのがマジで奇跡で、嬉しすぎて普通に泣いちゃいました。いや、非難してるわけじゃないんです。なんせ今までは、ひそかに「にっぽんの名城DVD」を流してしのいでいたもんですから、うれしくて。。。

 そういうキモい話はおいといて。
 一方で、他の赤ずきんたちの演技がちょっとあんまりにもでした。さっきも述べたように、音声ドラマは力量がむき出しになっちゃうので、若手の方にはやっぱり厳しいですよ。こっちの耳が肥えてるのもありますけど。
 特にチューリップずきんとツバキずきんが、正直ぜんぜんダメでした。私がオカンだったら頑張ったね~と褒めたいところだけど、お金払った身からすると、メインキャラにはせめてちゃんとしたプロをキャスティングしてほしいと思っちゃいますね。辛口でほんとすまんけど。
 ただ、ひとつちょっと面白い効果があって。私みたいに声優オタクをやっていると、声によって誰が犯人かわかってしまう現象というものがあります。
 これは、「こんな端役にベテラン声優をあてるわけがないだろう」とかの文脈的な意味合いをもつこともありますが、本作の場合は「声の聞き分け能力が高度になると、名を伏せたキャラクターの声が誰かわかってしまう」という方が大きいです。
 そのため、本作のようなミステリー仕立てのストーリーでは、声による推理を許してしまうことがあるのですが、今回はそういう場面があったにもかかわらず、ナレーション以外の全員の声を初めて聴いた上に、人数も多かったために、ネタバレにならずに済んだのです! ラッキー!

 ちなみに、ナレーションの読みがな誤りや漢字の見間違いも一聴しただけで2,3はあったので、品質としてはそれも指摘しておきたい。(漢字は書籍サンプルから発見)そういうところは事前にスタッフがチェックしてほしいですね。

 結論、特に声優や演技に興味ないならオーディオブックではなく原作一択でしょう
 ただし、出ている役者に興味があったり、作業しながら聞きたい人、また怖いものやスリルが好きで臨場感を味わいたい人はオーディオブックをオススメします。
 まじめにじっくり聴かないとといけないミステリーではないので、気楽に、気軽に聴くにはいいのかなと思います!

ネタバレあり感想

 最後にネタバレあり感想を箇条書きで。

  • 前半はよき睡眠導入剤

  • 前半だるすぎて聞いてなかったところが後半で効いてくる

  • 秘薬が、食べた人間を任意の動物にするとか、ものを透明にするとか、硬化させるとか、爆破させるとか……思ったより実用的でアクションゲームみたいだった

    • 普通に人殺せるけど、村人との力関係とか設定甘くないか??

  • 本作で取り入れた童話(等)はたぶん下記。

    • 赤ずきん

    • ジェヴォーダンの獣

    • シンデレラ

    • 青髭

    • 狼男

  • オーディオブックだと、「召使の手記」のかすれて見えない部分のノイズ表現がきつい

  • 「オオカミは鼻が利く→香水をつけていないやつがいる→裏切者がいる」から「オオカミは鼻をそがれていた→オオカミは人間だった→実は視覚を使っていた」は面白いミスリードだった

    • ただ、香水をつけていないのが犯人だけならいいものを、犯人も含めて複数人がつけていないというのがちょっと美しくなかった

  • 香水をつけるとオオカミにしか見えない赤色がつく、はちょっと無理やり

    • しかもザクロずきんは川で香水が落ちたことになっているが、遠くの海に逃げた赤ずきんはなぜ殺されたのか

    • 猟師がオオカミになることで、オオカミの視界を理解する、というのは面白い展開ではある。満月の夜にオオカミになる狼男の要素をどうしても入れたかったのかもね

  • りんごに描かれている動物と、実際に変身する動物が違うのはリスク高すぎでは

    • 描くことによって変身する動物が決まるような物言いだった気がするが、そうなら不親切なミスリード

  • 最後にナマズになった(なんでナマズ? 何か元ネタあるのかな)魔女をお堀にポイしちゃうのもリスク高すぎて怖かったけど、オチをつくりたいためだったのか

    • 寓話っぽくしたいのかもだけどご都合主義すぎでは、と思ってしまった

  • 猟師がずっと贖罪で悩んでいるけど、モデルにしているであろう青髭とは関係ないような気がする

  • 最後の坪井智浩さん感想コメントが正直すぎて笑った

    • 地の文にオオカミ側のものがまざってて困った

    • 「ツバキずきん」が言いづらい。全部「ずきん」ってつくんだから「ずきん」いらんやろ

    • ヒントに気づかない主人公にもどかしくなるようなことがないミステリーでよかった

      • 正直すぎるww もっとおべんちゃら言ってください

      • 田中あいみさんのコメントはちゃんと大人なこと言ってたですよ

おわり。

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