広げた本から感じる音色
一言で「ミステリー小説」といってもそれには色んなジャンルがあります。探偵や刑事が殺人事件を解決していく作品、日常に潜む謎を解明してくような殺人事件の起こらない作品…。
この作品にいたっては、歴史ものとも青春ものとも言えるような実に様々な要素が練り込まれた作品で、米澤穂信の「さよなら妖精」に近いような、フィクションとノンフィクションが上手く融合したミステリー小説だと感じました。
書店員オススメの一冊!のポップに興味を惹かれて手に取った、須賀しのぶの「革命前夜」
第18回大藪春彦賞受賞作でもあるこの小説の舞台は、冷戦下のドイツ。東ドイツのドレスデンに留学した音大生の眞山柊史は、才能あふれる学友たちに影響を受けながら、自分の「音」を求めて音楽に向き合っていきます。
ミステリー小説の中にスパイス的な要素として音楽が登場する作品はこれまでにいくつも読んできましたが、音楽が軸となるミステリーを読んだのはおそらくこれが初めて。
実をいうと、須賀しのぶという作家の本を手に取ったのもこの作品が初めてのわたし。音楽という感性的なものを表現した作品ということが影響しているのか、特に音を表す表現がとても美しく、初めてながら読んでいて心地良い作家さんだと感じました。
"水のような音"を奏でる、主人公の柊史(以下、シュウ)。そんな彼が惹かれたのが、"銀の音"を奏でるオルガン奏者、クリスタ。そして、彼の感性を激しく刺激する存在となる"砂塵の音"を奏でるバイオリン奏者、ラカトシュ。
冷戦下にある東・西ドイツの混沌とした描写のなかに、豊かな自然を彷彿とさせる比喩表現。優しくも厳しくもある、いわば夢と現実の狭間のような物語とその表現力に、ついページを捲る手が止まらなくなってしまいました。
また、音大生である彼らの日常を描いた落ち着いた雰囲気の前半とは打って変わり、後半に差し掛かるにつれ"革命"に向けて次々と展開を見せていくこの物語。まさに一曲の音楽を奏でるように、物語の起承転結を楽しむことができました。
ベルリンの壁崩壊前の難しくて重い題材ながら、軽やかな読了感を味わえたところも、おすすめのポイントのひとつです。
感性とは一般的に、ものごとの印象を受け入れる能力のこと。作品の楽しみ方は人それぞれですが、私のように感性の部分に触れながら、この作品を楽しんでみるのもいいかもしれません。
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幼い頃、私自身がピアノを習っていたときに、フランツ・リストの「愛の夢」という楽曲を発表会で演奏したことがありました。
楽譜通りに音を紡ぐことだけで満足していた当時の私には、曲に込められた想いや背景どころか、表現の工夫なんてことすら微塵も頭になくて。もちろん、好きな作曲家なんてものも答えられるような生徒ではありませんでした。
『そろそろ、こんな曲もいいんじゃないかな』
男の子顔負けでスポーツに打ち込んでいた私に、そんな言葉と共にロマン派と呼ばれる作曲家の楽曲を演奏させた先生。触れる機会をもらえたその楽曲も、趣味程度にしか音楽と付き合おうとしなかった私にとって、感性に刺激を与えるものにはなりませんでした。
そんななか、20代後半くらいから好んで聴くようになったのが、1800年前半にロマン派作曲家として活躍していたフレデリック・ショパンの楽曲。
どこか繊細で叙情性を感じられるショパンの音楽に惹かれる私には、おそらく今も、ショパンとは真逆の立ち位置にあったというリストの華やかな楽曲を弾きこなすことは難しいのかもしれません。
ちなみに、小説「革命前夜」でシュウが好んで演奏していたのはヨハン・バッハの楽曲。この小説をきっかけにバッハを聴いてみた私ですが、なんだか硬い印象の曲が多いなと感じました。感性の世界というのはつくづく面白いものですね。
でもそういった感覚だって、比較するものがなければ味わうことができないんだから。音楽も小説も、もっともっと色んな作品に触れて、感性を磨いていきたい。そんなことを思った1冊でした。
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