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心を強くする、魔女のレッスン

最近の私の課題のひとつに、「気にしない」術を身体に覚えさせるということがある。

言葉の捉え方というのは、受け取り手によってそれぞれ変わるもので。私のように、言葉の真意を理解しようとしてしまうような人間にとって、誰かの発する言葉というのは、非常に危険性を孕むものだ。

読みものでも、直接投げかけられる言葉でも、言葉ひとつで魔法のように気持ちが明るくなることもあるし、反対に、この世の終わりのような絶望感を味わうこともある。

「もっと、心を強くしていけたらいいね」

最近私にも、そう言われる出来事があった。ただでさえ気持ちが沈んでいた時期に、とある言葉の槍が私を串刺しにしたのだ。

そんな私の気持ちが少し落ち着いた頃、何気なく手に取った1冊の本がある。

『西の魔女が死んだ』

それは小学生の頃の私が、ファンタジー小説だと勘違いして読み始めた想い出のある物語だった。小学生の頃は、主人公が庭のお花を眺めたり、秘密の場所を見つけたりと、自然に触れながら生きていくという優しい小説の世界観にすっかり虜になっていた。

この物語の影響で、私はやたらとジャム作りに憧れを抱いていたし、銀龍草みたいな神秘的なお花を見つけてみたいとも思っていた。おそらくは、物語の内容そのものよりも、世界観に惹かれていたのだろう。

大人になって読んだその本には、変わらず憧れの世界観が広がっていたけれど、そこには「心を強くするために大切な教え」が溢れていた。そんな「魔女の教え」を少しだけ、皆さんにもこっそりとお伝えしようと思う。

■魔女の教えその1

何が幸せかっていうことは、その人によって違いますから。まいも、何がまいを幸せにするのか、探していかなければなりませんね。
(※まい=主人公)

『人の注目を集めることは、その人を幸福にするでしょうか』そんな言葉に続けて語られた、幸せへの考え方。自己啓発本なんかでも、似たようなことが書かれているのをよく見かける。

頭で理解するだけではなくて、それを探していけるかどうかで人生の豊かさが変わっていく。そんなことをなんとなくでも分かるようになってきた今だからこそ、響いた言葉であるのは間違いない。

世の中には色んな価値観を持った人がいて、その違いがすれ違いを生じさせる。私の心を串刺しにした言葉も、互いの価値観の違いが生んだものだ。自分の「幸せ」は自分で決める。その意識を強く持つことは、きっと心の強さに欠かせない。

■魔女の教えその2

この世には、悪魔がうようよしています。瞑想などで意識が朦朧となった、しかも精神力の弱い人間を乗っ取ろうと、いつでも目を光らせているのですよ。

『でも、精神さえ鍛えれば大丈夫』それが難しいから悩んでいるのよ…。と思ってしまいがちだが、ここでの教えは意外なものだった。

『まず、早寝早起き。食事をしっかりとり、よく運動し、規則正しい生活をする』いや、そんなこと?なんて思ってしまいがちだが、心が落ち込んでしまっている間というのは、悩んで眠れなくなってしまったり、食欲もなくなってしまうことが多い。

捉え方は人それぞれあるだろうが、これはいわば、戦闘体制を整えることに他ならない。悪魔と闘うには、やっぱりパワーが必要だし、闘って勝ちたいと思うのならば、もっと大きな「エネルギー」が必要になるだろう。

いちばん大切なのは、意志の力。自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力です。その力が強くなれば、悪魔もそう簡単にはとりつきませんよ。

どうやら、悪魔を追い払うには、意志の力がうってつけのようだ。

『意志の力をつけることの難しいのは、それに挑戦するのが意志の力の弱い人の場合が多いので、挫折しやすいということですね』

何事においても、この意志の力というのは本当に厄介なものである。資格試験の勉強だって、自分で決めたことのはずなのに3日と続かないことが多い。でも、失敗や挫折を繰り返して、何かをやり遂げる経験を重ねるうちに、それがいつしか自信となって、自分の心を支えてくれるのではないだろうか。

■魔女の教えその3

自分で見ようと決めたものを見ることができるように訓練するんです。それができるようになったら、今、現実には見えないもの、例えばこの箱の中身だとかそういうものを見たいと思い、実際に見えるようにするんです。

この教えが、レッスンの中でもとりわけ難しいように感じた項目である。

『でも、気をつけなさい。いちばん大事なことは自分で見ようとしたり、聞こうとする意志の力ですよ』

正直、私にもまだ明確にこの教えを解説できる自信がない。ただ、物事は多面性を持っているものであり、どの面からそれを見るかで物事がまるっきり違ったように見えることがある。

『心から聞きたいと願ったものでなければ、無視するのです』

もちろん、相手を無視するわけではなく、これは自分の心の中でその感情を無視するということだろう。おそらく、世の中に大勢いる「物事を上手に受け流せる人」たちは、この訓練を容易くクリアしてしまう人たちなのだろうと私は思う。

私の場合は、価値観の違いを理解し、「私は私、人は人」だと割り切っているつもりであるが、心がついていかないことが少なくない。痛いと思わなければ痛くない槍が刺さって、痛いともがき苦しむ私は、もっともっと訓練を積まなければならない。

私もいつか、立派な魔女になれるだろうか。

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