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夏の始まりに、病院のベッドで雲を眺める

梅雨が明け、楽しい夏の始まりに、わたしは病院のベッドに横たわりながら夏の雲を眺めていた。

とはいっても、雲の移ろいを感じられるようになったのは入院してから4日程経った頃で、それまでの私といえば、歩くのもままならず、腕に繋がれた点滴からしか栄養をとれないような状態だった。

なんとか仕事の引継ぎをして、後はひたすらに眠る。再び目を開けると、窓の外にはキラキラとした街の灯りが輝いていて、暗闇の中でふいに聞こえてくるサイレンの音が、ぼーっとしている私に、自分の居場所を思い出させた。

正直、前兆がなかったわけではない。身体というのは案外正直で、ここ数ヶ月ほどはあらゆる形で私に「限界」の訪れを知らせてくれていた。

そうだよね、無理をさせたよね。ごめんね。

自分の身体にそんな風に謝ってみてはいるものの、それでもまだ、私は機嫌を損ねた身体と完全に仲直りできたわけではない。1ヶ月の時を経て、ようやく和解への道が開きつつあるといったところだ。

そんな1ヶ月の間に、私は色んなことを感じた。

自分らしくいられる人や場所。そういったものを見つけることは簡単ではないからこそ、ありのままでいられる相手を大切にしていきたいということ。心穏やかに過ごせる場所を大切にしたいということ。私には支えてくれる人がいて、信頼できる人がいて、本当に幸せだなあということ。

そうやって大切に思う人の存在を改めて認識したとき、感謝してもしきれないこの気持ちは、どうやって返していけばいいのだろうという感情が溢れてきた。

その方法は、自分が幸せでいることなのかもしれないし、元気でいることなのかもしれない。仕事で結果を出すことなのかもしれないし、相手が困ったときには私が同じように支えられる存在になることなのかもしれない。正解なんてきっとないんだろうけど、感謝の気持ちだけは言葉にしてきちんと伝えていかなきゃと思った。

生きていれば色んなことがあるけれど、世界はいつだって優しさで溢れてる。本当にありがとう。

♦︎

カバンの中の1冊の本。わたしはその本を広げながら夏の雲を眺め、静かに涙を流していた。

人の繋がり。一緒にいても、離れていても、大切な人の存在があるだけで人は強くなれる。自分らしくいられる相手がたった1人でもいるだけで、幸せを感じて生きていくことができる。甘いココアを飲んでホッとひといきついたときのような、温かくて優しい世界がそこには広がっていた。

カバンの中に、本を入れて持ち歩くようになったのは最近のこと。

こんなタイミングで、こんなにも温かい物語に触れることができるなんて、私の運はまだまだ尽きてないぞ!だなんて、どうにか自分を奮い立たせて、小さな幸せを感じられる心が残っていることにホッとしたりもしていた。

常に前を向いて生きることは確かに素敵なことだけど、たまには、弱音だって吐いていい。

だから、こんな夏の始まりがあったっていい。

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