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経済小説でも時代小説でも、基礎となるのはビジネスマンとしての知識/『伊勢の風』尾崎章さんインタビュー

表向きは評判の髪結い。しかしその裏稼業は、巧みな化粧で他人に化けて、機知と騙りで悪を退治する「替え玉屋」――文芸評論家の細谷正充さんに「もっと早く時代小説を書いてほしかった!」と太鼓判をいただいたデビュー作『替え玉屋 慎三』から半年。第二弾となる『伊勢の風』では、慎三は一癖ある仲間たちと一緒に、商売敵の差し金で大切な専売許可札を盗まれ崖っぷちの廻船問屋を救うため、消失した許可札の替え玉を作ろうと画策します。経済や金融の知識が満載の本シリーズを手がける現役ビジネスマンの著者、尾崎章さんをご紹介します。

――まず、デビューのきっかけをお話いただきたいと思います。

尾崎章さん(以下、敬称略)  地方支店に単身赴任していた時期、休日などの自由時間で初めて小説を書いてみました。書きあがった作品をどうしたらよいものかと悩んでいた時にアップルシード・エージェンシーを見つけて原稿を送りました。当初は講評をいただきたいと思っていただけだったのですが、しばらくして「出版社へ売り込んでもいいでしょうか」という問い合わせをいただき、驚きました。その後、御社の売り込み努力のおかげで、ある出版社さんからの出版が決まり、何度か原稿を書き直した末、デビューということになりました。

――その後、本シリーズ第一弾『替え玉屋慎三』へとつながっていくのですね。

尾崎 きっかけは、6年くらい前、御社から、時代小説を書いてみないかとのオファーをいただいたことです。当時、時代小説を書くことは全く考えていなかったのですが、悩んだ挙句、町人がトリックを使って悪者を懲らしめるという筋のプロットを作ってお送りしました。それが「替え玉屋 慎三」です。その後、なかなか前向きのお返事をいただけなかったので、この話は立ち消えになったと思っていました。ところが、2年ほど前、代表の鬼塚さんから、「このプロット、面白いので、出版社に売り込みましょう」というメールを頂戴しました。その後、祥伝社文庫さんから出版される運びとなりました。

――時代小説の前は、経済小説や軍事小説をご執筆されていました。大きな方向転換です。

尾崎 デビュー作は軍事小説ということになっていますが、内容は、敗戦からの復興資金に使うための金塊を南方から日本に輸送する話です。「替え玉屋 慎三」では米相場を使って悪人を懲らしめるなど、私の小説にはどこかに経済や金融といった要素が盛り込まれています。その意味では、今回はたまたま時代が江戸時代というだけで、これまでの路線と大きく変わっているわけではないのかなと思っています。

――経済や金融など、現役ビジネスマンならでは知識に裏打ちされているところは、尾崎さんの作品の魅力のひとつだと思います。ふだんはどのような本を読まれているのでしょうか。

尾崎 今回、時代小説を書くにあたり、葉室麟先生や辻堂魁先生の作品などを読ませていただきました。大変参考になりましたが、先生方の作品は正統派の時代劇であるのに対し、私の「替え玉屋 慎三」はやや毛色が違うのかなと思いました。飯嶋和一先生の『星夜航行』も読みましたが、こちらは文章の緻密さと筆力に圧倒されるばかりで、すっかり自信を失ってしまいました(笑)全般的な読書では、最近では小説より、ネタ集めのために様々なジャンルの本を読んでいます。最近読んで面白かったのはフランスでベストセラーになった『崩壊学』とか、デヴィッド・フィッシャーの『スエズ運河を消せ(トリックで戦った男たち)』とか、とにかくジャンルを決めず、いろいろかじっています。

――時代小説は、初めての挑戦でご苦労もあったことと思います。どんなところが大変でしたか?

尾崎 何といっても言葉の問題です。用語も台詞も現代ものとは違いますので、気を付けて書いたつもりでも、校正の方に筆を入れていただくと、原稿が真っ赤になって戻ってきます。また、時間の流れがゆったりしているため、現代もののようなスピーディーなストーリー展開ができないことも戸惑いました。

――特に印象に残っている、苦労した(気に入っている)シーンがありましたら教えてください。

尾崎 替え玉役の人間に慎三が化粧を施すシーンには苦労しました。当時は特殊メイクの技術などあろうはずもなく、いかに巧妙な化粧をしたところで、他人そっくりにすることはできません。しかし、この点は、鬼塚代表の「替え玉屋 慎三は時代小説というよりファンタジー小説だよね。だって、当時の技術で他人そっくりにするなんて、どう考えたって嘘だもの」というお言葉に救われました。「ファンタジー小説だと思えばなんでもありか……」と腹が座ったからです。その一方で、他のトリックを充実させることでストーリーに真実味を持たせる努力をしましたので、「替え玉屋 慎三」は時代小説とファンタジー小説の真ん中あたりの作品に仕上がっているのではないかと思います。

――「替え玉屋慎三シリーズ」はその疾走感もさることながら、登場人物の個性もみなしっかりと立っているのが読みどころだと思いますが、執筆の際に心がけていらっしゃることはありますか? 

尾崎 替え玉屋はお互いの技量を売り物にしているのであって、決して仲が良いわけではない。そして、慎三が強力なリーダーシップを発揮して彼らを纏めていくわけでもないという、独特の距離感に心がけています。体を張って仕事をする元盗人の〈丑三つの辰吉〉は頭を使った仕事しかしない〈筆屋の文七〉を嫌っていますし、剣の達人の新之丞はそれに冷ややかな視線を向けます。しかし、決めた目標に対してはプロとして一致団結し、最大限のパワーを発揮するところが読みどころだと思います。

――小説の題材はどのように集めていらっしゃいますか?

尾崎 元々いろいろなことに興味があるほうですので、日頃から、特にジャンルを決めずに、その時に興味を持ったことについて広く浅く調べています。それこそ、「歴史上の隠れた事実(=秘史)」から「量子力学」まで、その時の気分次第です。小説の筋を考えるときは、それらの中から使えそうなネタをいくつか拾い上げて使っています。

――執筆活動に関してご家族の反応はいかがですか?

尾崎 執筆中は静かで、お金も使わないので、家内には好評です。

――それは家庭円満ですね(笑) 最後に次作の構想について教えてください。

尾崎 現在、「替え玉屋 慎三」の第三作目を執筆中です。幼少時から兄弟のように育った小藩の家老と御用商人が一身を擲って藩を救おうとするなか、替え玉屋一味がそれに助太刀する話で、第一作、第二作を上回るスケールのものになる予定です。また、慎三の父の命を奪った敵も姿を現し、話はいよいよ佳境に入っていきます。

――楽しみにしています。引き続き、よろしくお願いします。

(聞き手/アップルシード・エージェンシー 中村優子、構成/アップルシード・エージェンシー 栂井理恵

著者略歴
尾崎章(おざき・しょう)
立教大学文学部卒。現役ビジネスマンとして第一線で活躍する傍ら、別名義で経済小説を発表していたが、2019年に野心作『替え玉屋慎三』で鮮烈な時代小説デビューを飾る。

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