ショートショート「用途」


砂漠を旅している時、迷って死にそうになっていると砂に埋まっていたバケツにつまづいて転んだ。
『なんでこんなところにバケツが!?』
そこに突然、妖精が現われた。
「それは魔法のバケツです。それを使えば幸せになるでしょう」
それだけ言うと、パッと消えてしまった。
『魔法のバケツ……?』
そうはいわれても使い方がわからない。
何の役に立つんだろう?
水でもでないか、と思って振ってみても反応なしだった。

私はその後、運よく通りかかったキャラバンに救われ助かった。
バケツはあいかわらず役にたたなかったが、妙に気にかかり死にかけても手放さず日本まで持ってきた。

私は帰国後、とんとん拍子に成功し、大きな富を得た。
しかし、いつも気にかかっていたのは例のバケツの事だ。
あの妖精は決して幻などではなかった。
帰国当初は持っているだけで幸運が舞い込むのかとも思ったが……あまりに事業がうまくいったせいだ……しかし、バケツという道具の形をしているからにはやはり何かに使用するのだろう。

調べたところこのバケツの素材はただのブリキなのだが、その表面は微細な傷さえひとつもない。
砂漠に埋まっていたり、帰国までに何度もぶつけてしまったり、環境はよくなかったにもかかわらず不思議なことである。
私はますます、あれは夢ではなかったという確信を深めた。

それ以来、私はことある事にバケツの使い方をもとめて世界中を廻った。
そしていろいろな専門家……科学者、占い師、シャーマン、自称魔法使いに至るまで……等の意見を聞いた。
が、しかしバケツの使い方はわからなかった。
私は莫大な時間と金を浪費しただけであった。

数十年がたち、もうバケツのことはあきらめかけていたある日の事だ。
ふと見ると、家宝として大切に居間に飾ってあったバケツがない。
誰が持ち出したのだ? まさか盗まれたわけはあるまい。
あわてて家族を呼ぼうとリビングを通りかかると、やけに騒がしい。
見ると孫娘が友達を何人も呼んで手作りの菓子を振舞っているようだ。
「ずいぶん、にぎやかだな。ちょっと聞きたいんだが……」
「おじいちゃん、これ食べてみて。すごくおいしいから!」
スプーンにとって差し出されたものを見ると、プリンのようだ。
とまどいながらも孫娘の勢いに押されて気乗りしないまま食べる。
と、あまりのうまさに思わず叫んだ。
「こ、これはうまいっ」
「……でしょ?」
孫娘は得意そうな笑みを浮べて言った。
「このバケツでプリンをつくると、とってもおいしくなるんだよっ」


(了)


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