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人生をつまらなくするのは 性格か 環境か

衝撃的な再会

先日,10年来の知人と久しぶりに話をしました。

人が羨むような社会的地位が高い職業についていて,もちろん給料もよい。
学生時代,真面目に勉強してきた努力家の彼。

彼と話して,私は強い衝撃を受けました。
なぜなら,彼が10年前とは比べ物にならないほど猛烈に老け込み,考え方が固く,傍から見てもそれじゃ全然生きてて面白くないだろうなって思うような雰囲気を全身にまとっていたからです。

出会った頃の彼は,ユニークで前向きな人でした。
社会人になってから楽器を習い始めたり、積極的に新しいテクノロジーを生活に取り入れようとしたり,周囲の目も意味で気にしないで取れるだけ夏休みを取って,ヨーロッパバックパッカー旅行をエンジョイしたりしていました。
話題も豊富で,話をしていてとても楽しい人で、最初からしみったれた人ではなかった。

それが今はこんな感じ。

・時間がない
・不運な星の下に生まれているから、仕事の引きが悪い。そうじゃない人間に自分の気持ちはわからない
・理解のない上司がおかしい
・生き方を変えようにも,ちゃんとした情報を手に入れる能力が自分にはな い
・今の仕事には不満しかないが、生活のために仕方なく続けていくしか道がない
・転職して成功するのは能力がある人達だけ
・投資なんて怖い。スキルがない
・口をつけば出てくる「でも」「だって」
・すぐ取り掛かれるものでも,先延ばしにしがち。未処理のタスクが増えて余計自分で自分の首を絞めている
・新しいことに踏み出すのが怖い。ペイ系決済も,クレジットカードを使わない
・完璧だと思える計画でないと踏み出さない
・「話題がない」が口癖

すべてが逆張で,まるで人生がうまくいかなくなるコツを全部コンプリートしているかのよう。
そんなに忙しいなら,ネット通販使ってサクッと買い物済ませたり,給料高いんだから家事を外注したりすればいいのに,慣れ親しんだコスパの悪い方法に固執してしまっている。


“頭の回転が落ちている。そりゃ仕事もうまくいかないよな。”
“こんなにネガティブだったら,周りともうまくいかなくて当然だろうな。”

久しぶりの彼との会話は,思わずそう感じてしまう寂しいものでした。

性格を歪めてしまったもの

彼は,この10年間,どんな生活を送ってきたのでしょう。

常に仕事に追われる。頻繁に徹夜。土日も基本出勤。慢性的な寝不足。運動不足。
人との会話は,ストレスの多い職場だけ。

我慢強く寄り添ってくれていた彼女を放置。完全放置。挙句の果てに愛想を尽かされ,ふられている。

仕事仕事で,昼も夜もなく,常に身体的にも精神的にも追い詰められる。
新しい刺激がなくなる。
視野が狭くなる。
必然的に世の中の新しい動きについていけなくなる。
自分の生活をコントロールできている感覚が著しく減少していくのに反比例して,不満ばかりが高まっていく。
「こんなに我慢を強いられているのだから,周りが自分のために配慮すべきだ」と相手が変わるべきだという方向に思考が固まる。
失敗を極度に恐れて,ますます行動なくなる。
論理的に考えられず、感情的な反応で良し悪しを判断する

絵に書いたような悪循環の繰り返し。強化。
無意識なのかもしれないけれど,哀しいかな,一生懸命自分が上手くなる方向に粉骨砕身しているかのように見えました。

対極的なもう一つの変化

その対極に思い浮かべるのは,もうすぐ70歳になる私の父親。

彼は,今リタイア後の生活を謳歌している。

・毎日の日課はラジオで英会話番組を聞くこと。受験をするわけでも,実際に人と英語で会話する機会があるわけでもないので,単に自分の楽しみのために単語帳を作って英単語を覚えている。
・同じように,単に自分の楽しみのために世界史と日本史を勉強している。参考書は Amazon でさくっと買っていた。
・コロナ前には,近所のお友達と毎年海外旅行
・アメリカ旅行時には,一人で Uber を使いこなして観光に出かけていた。
・買い物はクレカ決済でポイントゲット
・何か失敗しても「やってみないとわからなかった。試したことに意味がある。」と前向き

知人とはまるで逆方向の思考体系。
身内ながら,いい歳の取り方しているなと感心します。

でも,父がずっとこんな前向きな人だったわけではありません。

仕事をしていた時の父は,仕事や職場に対しては不満が多く,お酒を飲んではぶちぶち愚痴をもらしがちでした。

正直,本当に同じ人間?と疑問に思うほど,口癖も,まとう雰囲気も変わりました。

2人の対比から言えること

その人がどういう人かを判断する時,その時のその人の状態が100%その人を表していると通常思いがちです。

そして,自分が自分自身を評価する時にも,同じことが言えます。
私たちは,今の状態が自分のすべてであるかのように捉えてしまいがちです。

もちろん性格には遺伝的な要素も一定程度影響するから,後天的な要素で全てが決まるというわけではないけれども,二人の対照的な変化から感じられるのは,その時たまたまそういう状況にある,という要素の大きさだではないかと思います。

最初に挙げた彼も,父も,一朝一夕でそうなったわけではないはず。

長い時間,同じ環境にい続けて,同じことを考え続けて,同じ空気を吸い続けて,そうしているうちに環境が考え方や性格に徐々に侵食して,気づいたらまるで別人化のようにその人を変えてしまった。

どのような環境に,どれだけの時間,自分を置くのか。

環境と時間。
性格か環境かという二元論や,もう年だからという諦めに陥ることなく,この二つの掛け合わせを意識することで,人生は思った以上に面白くもできるし,つまらなくもできるのではないかと思いました。


ではでは。

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