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All Along The Watchtower (短編小説)

いつも降りる停留所のひとつ手前でバスが停まる。うとうとしていると前の席の人が立ち上がり、つられて歩道に降りた私を残しバスは動き出す。前の席の人は両替だった。手の中で温くなったペットボトル。あ傘忘れた。水ぬる。水平線のような住宅街の上に伸びる二本の鉄塔。いつもバスから上半分だけ見えていた鉄塔の真下にある根っこのところを私は見たことがない。バス通りから歩きひとつ角を曲がるともう名前も知らない街。雑貨店の前に軽トラックが止まっている。車の荷台から箱を降ろす人、降ろした箱を店に運ぶ人、店から箱を出してくる人、出した箱を車の荷台に乗せる人。箱には「うみのそこのいきものぬりえ」と書いている。二本の鉄塔は公団の向こうへ隠れ道路脇の空き地に草ばかりが生える。道はだんだん細くなり、草藪はどんどん高くなる。鬱蒼と囲む薮のトンネルを掻き分け歩く。寝るしかないトンネルのような日々から逃げ出したいのに今トンネルの中を歩いているのはどういうことなのか、どこで道を間違えたのか、父の反対を押し切って東京に来た、でもあなたの長い人生の中で少し寄る所があるから東京で降りた、それだけのことでしょ、とお母さんは言ってくれた。マロニーを、マロニーを入れっぱなしだと伸びるからと私が帰るまで鍋に入れずにおいてくれた。見張り塔のような二本の鉄塔からずっと、どんな風も雨の時も眠くてバスの席でウトウトしてた時も駅で転んだ人を思い出してマスクの下でニヤニヤしてた時も恋人にじゃあねじゃなくさようならと言われた時も掬うと隙間から溢れてしまい誰からも気付かれないようなありふれた私の生活を見守ってくれた。お母さん、ねえお母さん、元気だった?そこで見てたのなら教えてほしい、私どうしたらいい?どこでバスを降りたらいい?あなたの所へ、根っこの側へ行ってもいいですか。草薮を抜け、すぐ側にそびえ立つ二本の鉄塔が見えた。見上げた二本の鉄塔は天高く平行に伸びているように見えてだんだん近づきやがて宇宙でその先端はちょうちょ結ばれていて結び目から飛び立った一匹の蝶々は水星に立ち寄り青く冷たい水を飲む。cool、cool water。蝶が口づけた水面に波紋が生まれそれは惑星全体へ広がっていき波紋は水星の上から下へ、辿り着くと下から上へと上下運動を繰り返しベッドでそれを見ていた娼婦がキミ冷たそうに見えてその運動ステキ、と激しい上下運動を欲しがった後冷蔵庫から取り出したペットボトルの水。cool、cool water。え〜水質調査の方も問題なく我が谷山建設による高圧線高架塔の建設が決まった訳ですが中嶋君の尽力であったのは言うまでもございません。美香さん、中嶋君は仕事を任せられる信頼できる男です。安心して彼の元に嫁いで下さい。結婚には三つの塔が必要だと我が社では代々言われております。 「弁当」「水筒」「好いとう」「自民党」です。創立以来家族経営の我が社が成長を続けられたのも全て中嶋君のお父様であります中嶋代議士先生のお陰でございます。愚直に何かを建てて参りました。今回のような大がかりな鉄塔から町の電信柱まで全てが我が社の誇りであります。鉄塔の根元にはコンクリの基礎が造成されていて「立ち入り禁止 谷山建設」の看板が掲げられていた。帰りに電信柱の影から小学生が飛び出してきて「アブネー!ちゃんと見てろヨ!」と言った。家に着いたら初めて日記に嘘を書く。

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