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ファッション業界で15年生きてきた人間が思うD2Cの本当の価値

ここ数年、ファッション市場を賑わせているD2C。

これに関しては以前からいくつか記事を書いているのだけど、今だによくわからない言説が日々飛び交っているのを見かける度、ついつい何か一言、言いたくなってしまう。

先日、それの決定版みたいな本を読んでみた。

内容に関しては、D2Cブランドが既存ブランドとはどう違っていて、どこに価値があるのかを終始対比しながら書かれたもの…、という印象。アパレル出身の人間が読むと、既存ブランドに対する認識は大きく間違っているのでは?と思う事請け合いなので、業界外の方はぜひこちらの記事も合わせて読んで頂きたい。


こうやって、D2Cについての書籍や記事をいくら読んでみても、D2Cの価値が一向に見えてこないし、本質的には既存ブランドと大した差など無いのに、あたかも新しい価値のように喧伝するのはいかがなものかと思う。しかし、一方でD2Cブランドが生まれた事により、市場にはある変化が起こっているのでは、とも思っている。


○D2Cがもたらした変化

D2Cの肝はブランドストーリーだとか、コミュニティ形成だとか、データドリブンだとか、そんなものでは一切無い。それらは以前から当然のようにあったし、Webによってわかりやすく可視化されたに過ぎない。D2C以降で一番変化が起こったと思われるのは「店舗の役割」ではないだろうか。


上記はD2Cブランドの店舗についてレポートされたものだ。これを読めばわかるが、それぞれの店舗にはしっかりと目的がある。それは「商品の体験」であったり、「コンセプト・世界観の理解」であったりと色々あるのだが、注目すべきは、ECありきの実店舗の設計だ。つまり、

売る事を一番の目的としない店舗のあり方

に他ならない。ユーザーはECを使えばいつでも決済は可能になる。だからこそ、店舗では売る事を一番の目的としなくてもよくなった。ここで重要なのは、店舗で「体験価値を高める」ではなく、店舗で「売らなくてよくなった」にある。この「売らなくていい店」が活発になったのがD2C以降ではないだろうか。


○「売らなくていい店」の価値

この変化がどれだけ革新的かは、小売出身でないとわかり辛いかもしれない。売らなくていい店は、「マネジメントコストが格段に下がった」とも言い換える事ができる。

当然ながら実店舗には勤務する販売員が数名いて、そのチームで売上目標を達成する為に日々販売している。店舗のマネジャーは、販売員の教育から店舗で出来る販促、在庫コントロールや顧客管理など、役割が非常に多い。ユニクロの柳井さんは「社員は自営業者になれ」と以前から仰られており、店長を非常に重視している。ユニクロでは、店舗に関する決裁権は店長に委ねられ、経営者のように扱うといった形だ。店舗運営は当然ながら売上を伸ばす為にあり、そしてそんなマネジメントが出来る人材は希少性が高いのだ。

「売らなくていい店」は、そんなマネジメントスキルが求められなくなる店に変化していくのではないだろうか。


○多店舗展開の弊害

高いマネジメントスキルが求められなくなる店が、どれだけアパレルにとって有難いかは「多店舗展開の弊害」について話しておかなければならない。

アパレル企業の多くは、毎年のように前年実績を上回る売上目標を立てている。全社的に売上アップを目指そうと思うと、一番簡単な方法は「出店」になる。出店を増やせば増やすほど、店舗をマネジメントする店長が必要になるが、店長の育成とは一朝一夕で出来るものでもない。結果、未熟な店長がどんどん生み出され、売上が取れない店舗が増え続ける。アパレル市場の縮小も相まって、現場は更に疲弊する。

僕が送り出した服飾専門学校の卒業生で、離職率No.1の理由が「店長」なのが良い証拠だ。未熟な店長は部下とのコミュニケーションの不十分さはおろか、部下の売上まで取ってしまったりするケースもよく耳にする。

結果として、既存店の売上は伸びず、販管費だけが増加し、営業利益が削られる一因にもなっている。「売らなくていい店」は多店舗展開がもたらした弊害に対する一筋の光になるかもしれないのだ。


○自社ECを拡大するのと何が違う?

大手アパレルが自社ECを拡充し、出店を抑制し始めている。店舗を増やさなくていい=マネジメントコストは上がらないし、販管費も効率化できる。結局はこの動きと大きくは変わらないのだが、既存アパレルは店舗設計において「売らなくていい店」までは作ってこなかった。(GUやZARA、リラクスは試着型店舗を出しているが)

ここが一番大きな変化ではないだろうか。ブランドのあり方に大した差は無いが、Webで出来る事の幅が増えた結果、実店舗との役割分担が明確になった。バーチャルフィッティング(試着)も店頭在庫連携もスタッフコーデも、元々は全て店頭で受ける事ができたサービスであり、それによって店舗のあり方が変化してきているのは周知の事実。クロージング自体を店舗から切り離して考えるのも、役割分担の一つだ。

とは言え、規模拡大したいならまだまだ店舗は必要だ。日本国内のEC比率はアパレルのみだと2018年時点で13%弱。リアルで買い物をする人間の数が圧倒的であり、オンラインメインで規模拡大は難しいという大前提は今のところ覆らない。


○成長した理由は何なのか?

「中間コストを省くから安い」という価値提供を聞くと、本当に馬鹿馬鹿しいと感じる。製品の品質に対する価格はチャネルではなく流通量・生産量によって決まる。「既存ブランドは売った瞬間、顧客との関係性は終わる」などと言っていたら、ブランドの顧客管理をしている店長は激怒するだろう。

間違った価値提供を謳うから、アパレル民は「D2Cとは」に?がつく。

有識者によくよく話を聞いてみれば、メガネのWarby Parkerが売れた理由は「アメリカ市場にオシャレな低価格メガネが無かったから」や「他のメガネ屋では視力測定サービスが店頭で受けれなかったから」というローカルな事情も出てくる。コスメブランドの「Glossier」は当初、ブログのトラフィックが高かった事から成長したという話も聞く。

大切なのは「D2C」という枠組みなどでは無い。既存ブランドに対して、おかしなマウントを取らず、自分たちの顧客と真摯に向き合う事こそがブランド運営において大切な事なのではないだろうか。




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