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オスマン帝国外伝~愛と欲望のハレム


みなさん、「オスマン帝国外伝」というトルコのTVドラマをご存じでしょうか??
15世紀頃、ヨーロッパ各国を征服し全盛期を誇っていたオスマン帝国の皇帝・スレイマン1世の半生を描いた、なんとシリーズ4×各100話近くの壮大な物語です。
即位してからの数多の遠征と政治、そして後宮での尽きぬ陰謀を延々と描いており、エンターテイメントとして追加されたエピソードも多いのですが大筋としては史実に基づいて綿密に作られたドラマです。
また、宮殿の内装と衣装の豪華さ、細やかさが素晴らしく、それだけでも映像作品としての価値は高いです。
配役も重要なキャラクターは念入りにキャスティングされており、トルコ系を中心とした他国籍な女優さん・俳優さんの端正なお顔とトルコ語でのシリアスな演技が拝めます。

また、当時のオスマン帝国の状況やハレムのシステム、ドラマのあらすじについては各所で解説されているのでここでは私的な見解のみを述べます。

「壮麗王」スレイマン1世

トルコ語でのタイトルは「壮麗王」、これはスレイマン1世称号でもあります。
壮麗王の名にふさわしく、オスマン帝国の全盛期に46年間皇帝として君臨し続けた彼でしたが、その私生活と晩年は暗いものでした。

息子を処刑したことで晩年は評価を落としますが、71歳で没するまでブレずに高い統治を行ったことは本当にスゴイなと思います。当時ではかなりの高齢ですよね。
数年がかりでしょっちゅう行われる遠征を指揮して、頻発する地方の反乱を制圧して、外交も行い、宮殿内の陰謀にも巻き込まれ、更に法改正にも着手して・・と、ドラマに出てくるだけでも相当な情報量です。

ドラマで描かれるオスマン帝国はごく一部だと思いますが、当時の様子がよく伝わって勉強になるドラマでもあります。
宗教の自由の保障から、一般市民が売るべきパンの品質まで、法できっちり決めて揉め事は速やかに裁いていく統治方法は、当時としてはかなり画期的だったのではないでしょうか。

反面、宰相たちを頻繁に処刑したり、「脅威だから」という理由で息子を処刑したり、確かに残虐かつ理不尽な部分も大いにありますが、
手にしている権力があまりにも大きいが故に、自分でもどうしようもないほどダークサイドが膨らんでいくのはちょっと分かる気がします。

偉大なことを成し遂げた反面周囲の人間を犠牲にし、罪悪感と孤独に苛まれる晩年を送るという権力者としては王道の、ドラマで描かれている通りの矛盾と2面性に満ちた、複雑で高貴な人物だったのではないかと思いました。

ヒュッレムはサイコパスだと思う。

スレイマン1世と言えば正妻のヒュッレム・スルタンが有名で、ドラマでも半分くらいは彼女(と後宮の陰謀)が描かれています。
ウン百人の美女がひしめくハレムにおいて見事皇帝の目に留まり亡くなるまでその地位を守るという、驚異的な記録を残した人です。
ドラマではドイツ系の迫力美人の女優さんが演じており、その目力と大柄な美貌がはまり役で説得力のあるヒュッレムでした。
史実では「小柄で優美、美人ではないが愛想が良い」と記録されているので、絶世の美女ではないが頭が回って超気が利いて空気が読めるタイプだったのではないでしょうか。
まさに、プロ中のプロ彼女です。

そしてこのヒュッレム、ドラマにおいても史実でもスレイマン以外の周囲をことごとく敵に回し、ベネチアの大使にまで「性質の良くない女性」とまで記録を残されるほど(史実)全方位から嫌われています。
それはヒュッレム自身がスレイマン以外には1ミリも思いやりをかけずに、周囲を押しのけて慣習も無視して皇帝の寵愛をいいことにやりたい放題、そりゃ嫌われて当然でしょうと思うのですが、、ドラマでは四面楚歌の中頑張るヒロインといった見方をして彼女を応援しながら見ていた人も多いようですね。
個人的にはこういう、自分と自分の男(と子供)さえ良ければあとはどうでもいい!愛のためなら何をしても許される!みたいな女性、苦手ですけどね・・。

世界皇帝とウン百人から選ばれた奴隷との間に芽生える愛ってどんな愛なんだろう、、とつくづく思います。
そしてぶっちゃけ、ドラマでは決して描かれなかった性生活の部分が重要な要素であったことは想像に難くないだろうと思うのです。
男女の仲とは古今東西不思議なものですね・・。

処刑された寵臣イブラヒム・パシャ

大勢の妃を持っていた皇帝ですが、皇子時代マニサではパルガ島出身の奴隷・イブラヒムを傍に置き、大変寵愛していました。
史実ではおそらく同性愛の関係であったとされていますが、ドラマではその部分は割愛されています。
友情とも恋心ともつかない同性への純粋な愛情は、比較的自由で明るい、ごく若い時だけに抱ける特別な感情なのではないでしょうか。

ドラマでは皇帝が一番愛していたのはイブラヒム・パシャであって、彼を処刑した時からスレイマンの中で何かが壊れ、また後のムスタファの悲劇にも繋がったという解釈のようですが、そして皇帝が本当に何を考えていたのかはもう誰にも分かりませんが、皇帝の心臓は遺言で戦地に埋葬されたそうです。
華々しい勝利の戦歴と共に、マニサの青春時代を生涯胸に抱いていたのではないでしょうか。

ドラマでのイブラヒムは度々クズ要素もある(女官と浮気したり・・)人間臭い人物として描かれていましたが、権力におごり高ぶって自滅していく様はだいたい史実のようで、あまりの増長ぶりに皇帝もドン引きしてたんだろうな・・と思いました。
権力は人を変えるということなんでしょうが、あれだけ尽くしても奴隷の身分から抜け出せない、絶対に皇帝と対等の立場にはなれないもどかしさや苦悩はよく分かります。ドラマでは皇女様と結婚したから更に逃げ場がなかったですよね。。

個人的には、イブラヒムのポエムターンや自らのアイデンティティに苦悩する場面がツボで、
誰よりも賢く強く、人間的な深みと迫力を兼ね備えた上にクズっぷりが輝いている、イブラヒムが大好きでした。

悲劇の皇子ムスタファ

現代でもトルコではムスタファを悼む声が多く、ドラマの脚本家もムスタファ派なので、このドラマ自体がムスタファの悲劇性を伝えるものになっているそうです。
ですがそれを差し引いても、史実である彼の有能さと心の美しさ、それ故に処刑に追い込まれてしまった悲劇性は群を抜いて我々の心を揺さぶります。

また、個人的にはマヒデブラン妃が浅はかな人物として描かれているのが残念で、ドラマの構成上そうするしかなかったんだ思いますが、実際の彼女は優しく敬虔なお母さんでヒュッレムの子供も可愛がり、民衆の支持も高かったそうです。
苦しい状況の中ムスタファがまっすぐ育ったのは、彼女がしっかりした優しい人だったからではないでしょうか。
ドラマのビジュアルはヒュッレムと並ぶタイプの違う美貌で、たまーに幸せそうに微笑む姿は本当に美しかったです。

このドラマを見て、多くの人が「兄弟殺しの法改正をした上でスレイマン皇帝がムスタファに王位を譲ったら全部丸く収まったのに」と嘆いたと思いますが、史実がそうならなかったのは本当に残念なことです。
正義を貫いて死んでいったムスタファと、我が子を殺しても王であり続けたスレイマン。
運命は残酷ですが、二人の愛憎渦巻く関係は他の皇子たちよりも濃く、真に親子であったのではないかと思いました。

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