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#19 毒親との関わり方 ~親友、医者、本の助け~

前回のとおり、私を生まれ変わらせてくれた男性の助けもあり、私は少しずつ「自分を癒すこと」に向けて動き始めました。

ちなみに、今私の親友は3人、すべて高校時代の友人なのですが、20代の頃は、高校の同窓会や私の独立祝いをしてくれたときなど、限られた数回しか会うことはありませんでした。

会うときも、いつも順風満帆のように見せて、弱みや決して辛い心のうちを見せることはありませんでした。

30を過ぎて、これまで書いたいくつかの出来事で変わりつつあった私は、ついに決意して、一番近くに住んでいる親友に「いろいろ聞いてほしいことがあるから、家に来てくれないか」と連絡します。親友は二つ返事で来てくれました。

そして、20代の暗黒時代のこと、どんなに恥ずかしい人生を送ってきたか、どんなに辛かったか、全てを話し、ともに一晩泣きました。

この日からさらに、私は変化していきます。

この数年前、パニック発作が出たとき、一時的に精神科に通っていたものの、3ヶ月ほど経って特に発作が続いているわけでもないのに、数分診療して同じ薬を処方されるという流れ作業のような状態になっていたので「このままでは薬漬けにされる」と思い行かなくなっていたのですが、

今の状況を冷静に第三者に判断してもらうためにも、一度心療内科に行って心のうちを話してみようと思い、たまたま婦人科で通っていたかかりつけ医に心療内科もあったため、予約して受診しました。

そこで、担当の先生にこんな言葉をかけてもらいました。

「パニック障害というのは、いつどこで発作が起こるか分からないものだけど、あなたの場合、「どうしてパニックになったか」が説明できるし、そういう状況を避ければ症状は出ていないわけだから、病気ではない。万が一発作が出たときに備えて、お守りで薬を持っているだけでいい」

「私の見ている中では、あなたの親の宗教は、宗教関連で心療内科に来る人の中でも割合がすごく多いし、症状も重いし、悪質度が高く感じる。今、あなたの親は若くて、幸い関わらないで済みそうなわけだから、関わらないでいられるうちは、できるだけ関わらない、それが一番あなたのため」

「親に言いたいことがあるなら、我慢をしないで、すべてぶつけること」

「心療内科に来る人というのは、人間関係の悩みを抱えて来る人が非常に多い。あなたは(親以外)人間関係の悩みがない、というのは本当にすごい。それはこれまで培ってきたコミュニケーション能力の賜物」

「あなたは、今の自分の状況を、これ以上ないほど分かりやすく説明できる。私はこんなに自分の状況を的確に説明できる人に出会ったことがない。「説明力」がすばらしい」

「その「コミュニケーション能力」と「説明力」を、存分に生かしていって欲しい」

ほんの15分ほどの診察時間で、これだけの言葉をかけてもらいました。

第三者に褒めてもらえるというのは、とても響きます。どうしても近しい間柄だと、褒めてもらっても真剣に受けとれなかったり、聞き流してしまったりするものですが、「今初めて会った他人」が言ってくれる言葉というのは、本当に説得力があります。

もちろん、相手がプロというのもあるでしょうが、プロでも、素人よりもヤブな場合もいくらでもあります。辛くて勇気を絞って病院に行ったのに、さらに辛くなる言葉をかけられてしまった人だっているでしょう。

たまたま行った病院で、これだけ自己肯定感を育てるきっかけになる言葉をかけてもらえた私は、本当にラッキーでした。この時かけてもらった言葉は、ずっと忘れず心に留めています。

そして、この頃読んだ本に「ストレスを消す技術」(有田秀穂 著)という本があるのですが、そこにあった一文も大変響きました。

「人を傷つけるのも人、癒すのも人」

私にとっては、神の啓示に思えるような言葉でした。

実際、親は、15分で私の精神を崩壊させましたが(詳しくは17話を)、上のお医者さんは、15分で私を癒し、再生のきっかけを与えたのです。同じ15分でも、こてんぱんに傷つけることも、復活させることもできる。それを身をもって実感しました。

そして、心療内科ですすめてもらったとおり、ここから私は親に、これまでの恨み辛みをすべて文章にして、メールで送りつけていきます。

これまで思っていたこと、嫌だったこと、すべてを長文にしたため、何度も何度もぶちまけました。バリバリ他人行儀の敬語でですが。笑

当然、全く話は噛み合いません。「なんでこんなことを言われなければいけないのか」「悲しい、辛い」という言葉ばかり返ってきます。いや、そっくりそのままお返ししますって感じですが、まあこうなるのは当たり前です。

ウソみたいな話ですが、親はすべてのことを「私の幸せにつながる」と思ってやってるわけで、私はそのすべてで「不幸になっている」わけですから、そもそも最初から最後まで平行線、噛み合うわけがありません。

でも、それは予想していたことで、目的は「自分の思いの丈をすべてぶつける」ことだったので、目的は十分に達成したわけです。

そして、36歳になる頃、私の心に「もうすべて消化した」「自分の精神衛生のために赦す」という気持ちが降りてきます。

詳しくは次回に。

お読みいただきありがとうございました。

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