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ろう者と聴者の文化の違いを知る。「7月中」はどんなイメージ?|レクチャー「手話と出会う」第2回


Tokyo Art Research Lab(TARL)「思考と技術と対話の学校」では、アートプロジェクトを「つくる」という視点を重視し、これからの時代に求められるプロジェクトとは何かを思考し、かたちにすることができる人材の育成を目指しています。2020年度は、実践的な学びの場「東京プロジェクトスタディ」、アートプロジェクトの可能性を広げる「レクチャー」、プロジェクトを行う上で新たなヒントを探る「ディスカッション」の3つのプログラムを展開。レクチャー「手話と出会う〜アートプロジェクトの担い手のための手話講座(基礎編)」の様子や実施するなかでの気づきを、モデレーターを務める担当プログラムオフィサーの視点で綴ります。

前回は、手話に慣れること、サイレントな状態に慣れていくことを目指したレクチャー「手話を出会う」の第1回の様子を書きました。今回は、いつも何気なく言っている伝え方がコミュニケーションのズレを生んでしまう可能性があること、ろう者と聴者の文化の違いに触れた第2回の様子について綴ります。

▼前回のレポートはこちら

▼第2回|手話は「イメージ」が大事

第1回から、河合祐三子さんは何度も「どんなイメージ?」と参加者に尋ねるのが印象的だった。名前の表し方のときも「桜はどんなイメージ?」「川はどんなイメージ?」というように。

第2回(7/8)は、日常生活でよく使われることばや単語を通して、手話の表し方の背景にあるイメージについて学ぶ時間となった。例えば、赤色(=口紅を塗るイメージ)、青色(=男性の髭剃りのあと)、黒色(=髪の毛の色)や、月曜日(=三日月のかたち)、火曜日(=火が燃えるイメージ)、水曜日(=水の流れ)、木曜日(=木が根っこから生えていく様子)、金曜日(=コインのお金)、土曜日(=土を掴んでパラパラと落とすイメージ)、日曜日(=カレンダーの日付表示が赤色のため、赤色と休みの手話を合わせる)など。手話で表しながら、頭のなかでそのイメージを重ね合わせていく。

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また、時代によって手話の表し方も変化していく話も興味深かった。例えば「洗濯する」という手話は、昔は洗濯板を使って洗っている表現だったが、現在は洗濯機で洗う様子で表すのだそう。「電話」も今ではスマートフォンが主流だから、四角く平たいものを持って耳に当てる表現が若年層では増えているらしい。「でも、私は親指と小指を立てて耳に当てる(ハワイ語の[アロハ]のような手を耳に当てる)表現がしっくりくるの」と河合さん。

日常生活のなかにあるもの、暮らしの動作のイメージが反映されどんどん言語化されているのだと実感する。そして、「こうやって表す」というルールに縛られるのではなく、自分にしっくりくる表現を使うというのも大事なのだと知った。ことばは生き物だ。手話も同じ、常に変化し続けていくもの。でも、「電話」は親指と小指を立てて耳に当てる表現が誰かと電話している感じがあって、私も好きだなぁと思う。

たくさんの手話表現に触れる

数字、曜日、今日、昨日、明日、1日、2日、3日、来週、先週、1週間、2週間、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、◯時◯分など、この日は、日常生活でよく使われる時制の表し方について一気に触れたものだから、ものすごい数の単語とそれぞれのイメージのシャワーを浴びているようだった。60分講座の内容としては、かなりのボリュームだと思う。でも、赤ちゃんがことばを覚えていくときも、知らないことばを日々たくさん浴びて過ごして少しずつ発話できるようになるように、手話学習もとにかく知らない手話表現に触れていくことが大事なのだ、と河合さんが教えてくれた。

時間は、腕時計(してる、してないに限らず)を指差し、その後、時間の数字を表し、1日は、自分の体を軸にして太陽が登って沈む様子を表したりと、ここでも物や動作のイメージがつながっていく。時間を表す練習をしながら、参加者からこんな質問があった。

数字の「5」を表すときは手の平、手の甲のどちらを相手側に見せるのが正しいですか?

すると「どちらの方がやりやすいですか?」と河合さん。数字は手の甲を相手側に見せることが多いらしいが、手首をがんばって捻ろうとせず、やりやすい方、身体の動作の流れのなかで負担なく表せる方で良いようだ。また、自分の利き手を動かすことが多いのだそう。

手話は自分が「見たまま」を表せばいい

これはなるほど!と思った。例えば、「1時間」だったら、人差し指を立て「1」を表し、腕時計の側で自分から見て「時計回り」にぐるっと1周させる。相手に向かって反時計回りに見せる必要はない。その他の表現も同じように、自分が「見たまま」を表せば良い(ものによっては、逆転して表現する場合もあるらしいが、多くは自分が見たままで大丈夫とのこと)。

それを聞いて、普段の会話のイメージは、向かい合ってキャッチボールするような絵を思い描いていたが、手話の会話は相手の隣に座って同じ方向からイメージを眺めながら会話しているような、相手の視線に自分の視線を重ね合わせて話をしているような絵を思い浮かべた。まだなんとも上手く言えないのだけど、誰かの話を聴く、話を伝えるときの何か大切な身体性のヒントがあるような気がしている。

ろう者と聴者の文化の違い「ゆみこ&ゆうこりん劇場」開幕

第2回の最後、時間の捉え方に関するろう者と聴者の文化の違い、イメージの違いについて、河合さん、瀬戸口裕子さんそれぞれの経験をもとに芝居形式で伝える新たな試みを行った。その名もおふたりの名前を題して「ゆみこ&ゆうこりん劇場」!

●待ち合わせの時間

ふたりは、「明日、3時10分前にここに集合ね」と約束をして別れる。次の日、「まだ来ないなぁ...遅いなぁ...」と集合場所で待っている瀬戸口さん。そこに「やぁやぁ〜!」と元気よくやって来た河合さんに向かって、「遅いよ〜!」と瀬戸口さん。

河合さん「え?いま、3時7分だから、ちょうどぴったりの時間だよね?」

瀬戸口さん「違う〜!3時10分前だから、2時50分の意味だよ〜!」

「え〜!」とがっくり肩を落とす、河合さん。

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この時間の捉え方の違いは、「〜前」という手話表現が、「3時10分」の「前」という表し方になるために起こるのだそう。聴者は何気なしに「◯時前集合」と言って少し曖昧な表現で時間を伝えることがある。その感覚のまま手話で伝えるとこうしたズレが生まれてしまうのだ。ろう者に伝えるときは「具体的に伝えることが大事」と河合さんと瀬戸口さん。「〜の前」という声のことばのイメージと手話表現のイメージの違いを知った。

●書類の提出締切日について

瀬戸口さんは、河合さんに書類作成を依頼したが、提出締切日の捉え方に違いがあった様子。

瀬戸口さん「この書類を7月中に作成して、提出してください」

河合さん「7月中ですね...OKです」

|7月15日に河合さんが書類を提出しに瀬戸口さんのところに来ました。

瀬戸口さん「わ〜!早いですね〜!」

河合さん「え!でも、提出締切は7月15日まで、ですよね?」

瀬戸口さん「いやいや、7月31日までの間に提出するので大丈夫ですよ」

河合さん「え〜!そうだったの!」

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これは、瀬戸口さんがお知り合いから聞いた話。「7月中」という手話の表現は、カレンダーの真ん中あたりのイメージになるため、「7月15日」が提出締切だと思っていたというお話だった。

そのお知り合いの方は、市役所に書類を提出する際に、窓口職員から「◯月中に提出してください」と言われ、約50年間「◯月中」=「◯月15日」だと思って提出していたのだそう。このストーリーからも、ろう者と聴者の時間の捉え方、時間のイメージの違いがよく伝わってくる。

想起するイメージが異なるというのは、まさに文化が異なるということだ。アートプロジェクトの担い手たちは、日々、文化や価値観の違いに触れ、ときには戸惑ったりしながらも、「知らないことを知る」喜びを持っている人たちだと思う。レクチャー第1回、第2回で、参加者たちが、ろう者と聴者の文化の違いを知るという入口に立ち、ここからどんなふうに一人ひとりが手話を、手話の表現を掴んでいくのかとても楽しみだ。もちろん、私自身も。

レクチャー「手話と出会う」の導入編の最後にあたる第3回(7/15)では、日常生活の動作に関わる手話表現を学んだ。それについては、また次回に。

つづく...