今年もお墓参りに行けた。 毎年当たり前に行けていたお墓参りも今回はちょっと違う。いつも一緒にお墓参りに来ていた父がいないのだ。 昨年一緒にお墓掃除をして、お花あげてお線香をあげた父がいない。 毎年お墓参りの後、食事をして一年に1回顔を合わせてたわいもない話をしていた父がいないのだ。 その父はベットの上。 今は病院で寝たきりである。 思い出すのは毎年の家族行事はいつもこのお墓参りだった。 なんの不安も感じずに家族に身を委ねて、子供のままに家族と過ごした時間を思い出した。 あの頃
でも夢から覚めたよ。 豚にワクチンとか 野菜に無駄な程の農薬とか遺伝子組み換えとか 誰も望んでないよ。 なんで嫌なことばかりして 本当にして欲しいことを国や政治家はやろうとしないの?どんな教育うけてるの? 自分の子供だったらとか、家族だったらとか考えて物事進めないの? 物事の本質に気づかなくて見た目だけのものに惑わされていたら、こんなことになったよ… あの時の、早く大人になりたいっっていう気持ちはもうなくて いっそこのまま隕石でも落ちて最初からリセットできないかなとか現実逃
人の感情に振り回されずに自分の人生を生きると決めた 後先考えてないと言われても かまわない 自分の命の声が自分を突き動かした もう他人の人生を生きるのはいやだ 人の顔色を伺い続けるのもやめた 自分の生きたいように 自分を生かせる それでなければ自分の意味とは 自分の心の声を潰してまで 他人といることが幸せなのか 嫌だ 嫌だ 心地のいい家の中で このような気持ちになるのならば家はいらないのでは? 心が縛られ続けて生きてる心地もなくして 笑顔もなくして何が楽しいの? 自
そんな当たり前のことが出来ない自分がもどかしい きれいと思ったものにきれいにと言えなくて かなしいと思ったことにかなしいと言えないなら 自分は何にとらわれて生きているのだろう 自由とは 人生とは 生きるとは つくづく感じる そびえたつ大木を見上げては この枝葉はどこえ向かっているのかと どんな気持ちでここにいるのかと ふと思い出したけど アスファルトの壁の隙間から生える草花を見て 自分は今までどう思っていただろうか なんであんな隙間からはえるの? んもう! って刈り
久しぶり過ぎてタイトル書いて そのまま投稿 アウトプットのアくらいまでしか 放り込むことができなかった 最近noteはご無沙汰です これからは日頃の思ったことや 未来なりかり妄想日記とか 予祝日記的なものを書いていけたらなと思って ま〜す♪ 自由に書けるって素晴らしい 楽しい
おかげさまで、世界一周航空券でファーストクラスに乗り旅に出ながら物書きをすることになりました。ファーストクラスのお料理楽しみです。 その様子をYouTube動画にもしたいと思います。 未来におきてほしい うそ。というより目標を書きました! 目標達成!!
明日は素敵なうそをつきます…
納豆ごはん。そこにネギを入れる日は少し余裕がある日。冷蔵庫を開けて長葱を取り出し洗って拭いて包丁取り出して刻む。ほらね。かなりの労力使ってる。そんな自分を褒めてあげよう。長葱切るのもうまくなったね!まな板と包丁を洗う手間を楽しんだよ。あぁ、ファーストクラスに乗りたいな…