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#ネタバレ 映画「春との旅」

「春との旅」
2010年作品
におい、が違うと一緒に暮らせない
2010/5/26 11:00 by さくらんぼ (修正あり)


( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。)

歳をとっても良い人が現れれば結婚できますが、歳をとってからの結婚は難しいと言います。すでに自分のライフ・スタイルが確立しているため、それが結婚によって乱されることを嫌がるためです。だから別居婚が良いのだとか。これなら相手のライフ・スタイルまで乱しません。

忠男が尋ねた家々では窓を全開にしました。忠男は漁師さんでしたから、魚のにおいと、体が不自由だと、お風呂に入る回数がどうしても減るため、老人は、におうことがあるのですが、そんな理由から窓を開けたのでしょう。春が忠男に「今日はお風呂に入らないの…毎日入るんじゃなかったの?」と尋ねていた事からもキー・ポイントだと推察できますね。

でも、この、においは、本当はライフ・スタイルの違いの比喩として、描かれていたのではないでしょうか。旅館では「なんでも働く」と言えば同居させてもらえたのだと思います。でも、それすら拒絶した。この人生観の違いが同居を拒ませたのだと思います。

最後に尋ねた春の父の再婚相手は、忠男にどこか同じにおいを感じて同居に誘いました。また、春がガニマタだったのは、足の不自由な忠男と同じにおいを、まとっている娘だとの映画的演出なのでしょう。

忠男は春を犠牲にしてはいけません。ひとりで生きていく覚悟をすべきです。しかし、還暦をとうに過ぎて、甘えが前面に出てきていることさえ気づかない彼には、あの結末が妥当なのか知れません。ただ、もう少し気の利いたシナリオにして欲しかったと思います。

こんな言葉を思い出しました。「長寿とは孤独を生きることである」と。

★★★★

追記:就活期は二度やってくる 
2010/7/13 21:12 by さくらんぼ

なぜ春との旅なのでしょうか。

きっと、それは、春と同様に、この旅は忠男にとっても、ある意味、就活だったからでしょう。二人旅をさせることは、その映画的説明なのかもしれません。二人の歩き方が、ぎこちないのは、まだ人生の未熟者(同じ、におい)である表現なのでしょう。

青春期の就活。その為には、たとえば企業から引っ張りだこになるぐらいのよい成績を、学業で上げておかなければなりません。もっとも、この不況では、大学を出ても良い就職場所が無いそうですが。

老年期の就活。その為には、自分の世話をしてくれそうな家族を作り、友人知人(単に愚痴を聴いてくれる人も含む)を作り、健康を作り、資産を作り…未来を見据えて、何十年もの長い人生を精進しなければなりません。

忠男は若い頃ニシンの漁師でした。ニシン御殿という言葉がありますが、借金をしてニシン漁に出て、運良く大漁なら御殿が建ちますが、外れたなら借金だけが残るのだそうです。ある意味、当時のニシン漁はバクチの様だったらしいのです。ハイリスク・ハイリターンの。

忠男の、行き当たりばったりの親戚まわりからも、そのバクチ打ち的人生観が覗けました。

人生においては時にリスクを負うことも必要ですが、上手にリスク管理をしておかないと、晩年になって、忠男の様な、みじめな事態に直面しかねません。春の様な若者よりも人生経験の豊富な老人の方が、自己責任の度合いは高いので、その警告を与えるのがこの映画のストーリーだったのかもしれません。

どなかたも書いておられましたが、厚生労働省社会保障審議会推薦なのが妙にイタイです。

追記Ⅱ:自助、共助、公助
2010/7/14 14:27 by さくらんぼ

忠男の過去はともかく、親族を頼る現在の行動そのものは、どう評価したらよいのでしょうか。みっともないし、いささか出たとこ勝負の感は否めませんが、間違いとまでは言えないと思います。

行政には現在「自助、共助、公助」という考え方があります。ネットに説明がありますので詳細は省きますが、自助ができなくなった忠男は、共助の申し出を親族にしたのです。遠くの親族ですが、頼んでみるのは有りでしょう。優先順位は合っています。しかし共助は上手くいきませんでした。

次は公助ですが、その申請の前に逝ってしまった訳です。つまり公助については、映画では語ることを放棄しています。そういう意味で、この映画は自助、共助までの物語だとも言えます。

映画で放棄してしまったものを、こちらで考えるのは苦手ですが、もし忠男が生きていたら、公助は、してもらえたのでしょうか。

公助には生活保護、国民年金、障害年金などがありそうです。すべて大きく社会保障の傘の下にある制度です。私は専門家ではないので受給できるか否かは分かりません。しかし、単純に考えると、生活保護には可能性があるかもしれません。生活保護は現在の状況で判定されるでしょうから。

でも国民年金は、もしも過去が未納では、もらえない可能性があります。

障害年金になると、さらに判定は難しく、例えば程度が重いことを診断書で証明しなければなりませんし、過去の国民年金の納付なども必要なはずです。障害になったからと慌てて加入や納付をしてもダメなのです。このあたりは生命保険などと同じですね。

追記Ⅲ:国民年金 
2012/1/11 14:15 by さくらんぼ

「年金で暮らす高齢者の生活も楽ではありません。国民年金は満額で月66.000円ほどです。実際は受給者約2.500万人の半数以上が月60.000円未満です。厚生労働省は、年金は持ち家や面倒を見てくれる子供と同居していることが制度の前提で補助的な収入といいます。」

( 2012.1.10中日新聞・朝刊の社説『「思いやる」から始める』より一部抜粋 )

「国民年金だけでは生活できない」という声があります。もし映画の主人公である忠男が国民年金を満額もらえたと仮定しても、月66.000円だけでの生活は困難を極めます。この様な質問に対しての厚生労働省の回答が昨日の中日新聞に掲載されていましたので転記いたしました。それによると国民年金は補助的な収入であるようです。もしも、国民年金額を2倍にして欲しいならば、単純計算で掛け金も2倍にしなくてはなりません。難しい問題です。

追記Ⅳ ( 映画「 道 」 ) 
2016/9/18 16:52 by さくらんぼ

>…また、春がガニマタだったのは、足の不自由な忠男と同じ、においを、まとっている娘だとの映画的演出なのでしょう。

映画「春との旅」は、往年の名画「道」からインスパイアされていたのかもしれないとも、ふと思いました。

具体的に何が似て、何が似ていないのかは、長くなりそうなので省略しますが、ふと思ったのは「春の歩き方」の「ぎこちなさ」。映画「道」のジェルソミーナも「ぎこちなかった」(ピエロを体現)からです。

追記Ⅴ ( TVドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」 ) 

2020/9/26 8:40 by さくらんぼ

『 日本人の「6人に1人が貧困」 “生活保護”をイメージで語る人が知らないこと 』( 2020/9/23(水) 6:01配信「文春オンライン」 )

文章だけでなく、「健康で文化的な最低限度の生活」の漫画も一部読めるようです。

私は漫画版をここで初めて読みました。漫画らしく表現がデフォルメされていますね。すぐに引きつけられて没頭してしまいます。さすがですね。全巻読むとTV版よりも「えぐい部分」も描かれているという、どなたかの感想も読んだことがあります。

一方、吉岡里帆さんがヒロインのTV実写版は、実写らしく演技が自然に感じました。役所(職員)の空気感がかつてないほどリアルで、公務員志望者の教材としても使えるのではと思えるぐらいです。

また、どちらも生活保護の世界を知るためにも良いお話だと思います。私は生活保護の仕事をしたことはありませんが、仕事で似たような階層の人たちとも接したことがありますから、あまり違和感は感じませんでした。コロナ過で生活保護への注目も高まっている今にふさわしいお話だと思います。

追記Ⅵ ( 「健康で文化的な最低限度の生活」② ) 
2020/9/26 14:53 by さくらんぼ

(  以下は 「健康で文化的な最低限度の生活」のネタバレです。 )

余談ですが書いておきます。

ヒロイン「義経えみる」の「えみる」は、「映観る」から来ているのではないでしょうか。

義経えみるは、大学時代は映画監督になりたいほどの映画ファンでした。しかし、その夢が破れ、抜け殻のようになって、あとの人生は「ただ安定だけを求めて公務員になった」のです。

福祉の仕事がしたいという情熱をもって公務員になる人もいるはずです。奉仕者である公務員の仕事は、直接・間接の違いはあっても、広義にはすべて福祉だと思いますので、それは本来の姿でしょう。

しかし私の感触では、本音では「安定・安心」を求めて公務員になる人が多いと思います。だから義経えみるは「平均的公務員象」なのかもしれません。

そんな彼女は、公務員天国(そんなものが在るのかは知りませんが)とは程遠い、想定外の部署に配属されてしまいました。「生活保護の担当課」です。

例えば義経えみるのように区役所へ就職すると、5年前後で人事異動があります。彼女のようにいきなり「生活保護の担当課」へ配属される場合もありましょうが、婚姻届を受けつける課とか、選挙事務をするか課、税金の申告を受けつける課などに配属されたとしても、人事異動があるので、定年までに一度も「生活保護の担当課」を経験しないという保証はありません。

もしかしたら、そうではない市区町村もあるかもしれませんが、区役所等へ就職するなら生活保護の担当をすることも覚悟したほうが良いです。もちろん、他の課が天国だというわけではありません。目立たないだけで、どこの課にも大変な部分は隠れているはずです。

案の定、ヒロインもその重責を負うわけですが、それでも彼女が山を乗り切れたのは、映画監督を目指した経験があったからだと思いました。

義経えみるの生活保護の担当世帯は110世帯です。

1冊1冊に深い人生が詰まっているわけです。

苦悩の末、彼女は110世帯のリストを、110冊の映画の原作本だとみなしたのだと思います。

失礼ながら俳優さんは受給者の方であり、映画監督は自分のつもりです。

法律という制約の中、彼女は原作本からハッピーエンドのシナリオを考え、俳優さんに演技指導して、共にそこを目指したのです。

そうでも思わなければ彼女も働けなかったのでしょう。

無意識かもしれませんが、そうやって、彼女はケースワーカーという名の、リアルな映画監督になったのです。

追記Ⅶ ( 「ベーシックインカム」 ) 
2021/1/5 9:51 by さくらんぼ

新聞にベーシックインカムを望む声が上がっていました。

最近のこの風潮に刺激され、私も少しだけ考えてみました。

ベーシックインカムは、例えば「毎月10万円を国民全員が国からもらえる制度」です。

働かなくてもお金がもらえるわけですから、こんなに分かりやすく、素人受けする話はありません。

私だって欲しいです。

しかし、逆にその制度設計をするのは、大変難しいのです。

俗にいうベーシックインカムとは社会保障大改革なので、設計には全体像まで知っていなければならないわけです。きわめて大雑把に言っても、年金改革であり、生活保護改革です。だから、なかなか議論が深まらないのでしょう。そのため、「やってほしい」という感情論だけが目立つのかもしれません。

しかし、その難しさゆえに、軽々にスタートすべきではないと思います。失敗は出来ません。もし失敗して支給を止めたり、減額すれば、当てにした国民から自〇者が出ることが予想されるからです。既存の社会保障制度を単純に廃止すれば、切り捨てられた人からも、同様に出ることが予想されます。

それに、毎月10万円の現金支給で社会保障の問題がすべて解決するとは思えません。それを補完する係を作れば、コストをかけて大改革をしたのに、結局、今と似たような制度になりかねません。

追記Ⅷ ( 「ベーシックインカム」② ) 
2021/1/5 9:54 by さくらんぼ

ベーシックインカムの話をするとき、多くはまず「10万円か、7万円か」などという金額の話から始まり、「その予算はどこから持ってくるのか」という話で終わります。

ベーシックインカム自体が目的化し、既存の社会保障制度の全廃を前提としているように思われるのです。

しかし本来、例えば「生活保護制度が、必要な人に届いていない」などという既存制度の問題解決の手段一つのはず。

それなら「必要な人に届ける法改正や通達・広報を行い」、仮に既存制度の完成度が80%なら、それを90パーセント以上に磨き上げる努力をするのが定石だと思います。

( 「コロナ過で生活保護の必要性が増しているので、特例として審査を簡略化してはどうか」みたいなご意見を拝見したことがありますが、これなどは、その定石に当たると思います。 )

その議論の中でなら、社会保障制度の一部分を廃止し、部分的にベーシックインカムに置き換えても良いと思います。もしそれがベストな選択ならですが。

追記Ⅸ 2022.5.1 ( ベーシックインカム等、その後 )

上記の話、法律、数字などは、基本的に、それぞれを書いた時点での私の記憶です。現時点での正解・持論とは限りません。

法律には改正もありますし、その後、各方面から良いアイディアも聞こえてきていますので、そのつもりでお読みください。

追記Ⅹ 2022.5.1 ( お借りした画像は )

キーワード「春」でご縁がありました。背景の色も魅力的です。手動で少々上下しました。ありがとうございました。

追記11 2022.7.18 ( ベーシックインカムの話は )

こちらにも書いてあります。



( 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 

更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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