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フリーダンジョン始めました ☆5分で読めるショートショート

 自宅から最寄り駅の間にはちょっとした繁華街がある。飲み屋が多く、寄り道するには事欠かない場所だ。ただし地方がゆえに客数が限られており、店の入れ替わりは激しい。帰宅途中に見付けた店も、以前は飲み屋が入っていたビルの地下一階だ。

「フリーダンジョン始めました」

 ビルの前に置いてある立て看板には、白地に大きな手書き文字と地下一階との表記のみで、店名は記されていなかった。フリーダンジョンとはなんだろう?看板の文字に興味をひかれて立ち止まってしまう。地下への階段をのぞいてみるも、フリーダンジョンが何かを推測できる物はなかった。立て看板が出ていると言う事は営業中だろう。地下への階段を降りて、様子を見ることにした。

 地下1階へ降りると驚いた。壁が石造りになっており、まるでお城の石垣のよう。触ってみるとひんやりと冷たい、どうやら本物の石だ。鉄細工がものものしい木の扉もある。しかし店名がないので、本当にお店なのか分からない。上に戻ろうか悩んでいると、木の扉がゆっくりと開いて中から人が現れた。

「どうもどうも、いらっしゃいませ、ここはフリーダンジョンでございます、ぜひ中へどうぞ」

 黒いスーツを着た小綺麗で若そうな男が愛想よく声を掛けてきた。やはりフリーダンジョンなのか、いやまて、フリーダンジョンとはなんだ。

「もしかしてお客さまは初めてでございますか?こちらは今キャンペーン中でして入場料無料のダンジョンとなっております。中はびっくりするような罠や、恐ろしい怪物、そして手付かずの財宝と心おどる地下ダンジョンでございます」

 なるほど、どうやらお化け屋敷などの体験型のアトラクションであるらしい。

「さぁさぁ、まずは中へどうぞ」

 スーツの男に促されて、中へ入ってみる。扉の正面にテーブルと椅子のみある簡素な部屋だ。奥にある頑丈そうな扉を除けば、どこかの会社の応接室のようだ。

「こちらの方針はまず体験してもらうことでして、えぇ。初めての方にも極力説明はしないんですよ。もし、なにかご不明な点などありましたらこちらの通信機のボタンを押してください。私が、ここで待機しておりますので」

 それだけを言うと男は通信機と呼ばれたものと、懐中電灯を渡してきた。なかなかせっかちな店だ。しかしこれが最近のはやりなのかもしれない。説明が多すぎても興醒めしてしまうものなのだろう。

 男は頑丈そうな扉を開いて手招きしている。話のタネになるかもしれない。ここはじっくりと体験してみよう。頑丈そうな扉の先は下へと向かう石階段だった。

 石階段は延々と続いている。後ろから扉を閉める音が聞こえてきてから随分とたった。手元の懐中電灯だけでは少々明かりが心許ない。ビルの地下にこんな施設を作れるなんて、最近の体験型アトラクションは手が込んでいる。やっと石階段が終わり、ひらけた場所に出た。ホールのような空間だ。階段とは反対の壁にいくつか通路がある。なるほど、迷宮のようになっているのか。一番近くの通路に入ってみた。

『ガシャンッ』

 いきなり天井から金属の刃が落ちてきた。もう少し進んでいたら真っ二つになったかもしれない。安全管理は大丈夫なんだろうか。新しいお店のようだ、テストは十分なんだろうか、少しばかり不安になってきた。違う通路を進むことにする。隣の通路はなにもなく奥に続いている。

 階段を降りているときには気付かなかったが、なんだか変な臭いが気になってきた。魚が腐ったような、野良犬のような、不快な臭い。足元を照らしていた懐中電灯で、前方を照らしてみる。黒い大型犬のようなものが、なにかの上で四つんばいになっていた。下になっているのはマネキン人形のように見える。大型犬はこちらに気づいたようで、顔をこちらに向ける。懐中電灯の光が眼に反射した。大型犬はかなりリアルに見える。これは着ぐるみなのだろうか、それとも特殊メイク?大型犬はこちらに走り寄ってきた。成人男性よりも大きい犬が向かってくると、作り物だと分かっていても慌ててしまう。振り返って走り出すもあっという間に追いつかれて前脚で押し倒されてしまう。痛い、痛い。アトラクションにしてはやりすぎだ。必死に転がり、大型犬を押し返そうとするも、全く敵わない。大型犬の口から垂れるよだれで気付く。もしやこれは本物なのでは。恐怖で必死に手を振ると、懐中電灯が大型犬の目に当たったようだ。大型犬がひるんだすきに必死に離れる。地面を転がり、立ち上がろうとするも脚がもつれて倒れ込む。

「はいはい、どうかいたしましたかお客さま」

 さっきの男の声が聞こえる。倒れたときに通信機のボタンが押されたようだ。慌てて助けを求める。

「救出はオプションになっておりましてかなりお値段がしますが、よろしいでしょうか。5分以内に救出されるAプラン、20分以内はBプラン、お値段据え置き1時間以内のCプランとなっております」

 大型犬はこちらにゆっくりと近づいてくる。次の瞬間には飛びかかってきそうだ。

「Aプランでございますね、承知いたしました。お怪我などなされた場合は、追加で提携の病院をご紹介できるオプションもございますよ、ほかにも……」

 もはや大型犬の腹の中におさまるのも時間の問題だ。男はこちらを気にせずしゃべりつづけている。5分など待てそうにない。なるほど、最近の商売は手が込んでいる。入り口は入りやすくして、取れるとこから取るのか。生まれ変わったら、商売人になろう。

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