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黒い洞窟 ☆3分で読めるショートショート

 男は目覚めてから延々と歩いていた。目覚めてからいくらの時間が経ったであろう。1時間か2時間か、それよりももっとか分からない。なにせスマホどころか腕時計も無い。何故無いのか分からないし、そもそもここがどこだか分からない。気付いた時には、暗く明かりのない洞窟のような場所で倒れていたのだ。

 自分の手足も見えないほどに暗いが、何故か壁は黒く輪郭が見える。壁自体が黒く光っているのか、洞窟のような場所だということは分かる。すべすべした岩肌に、ひと2人がすれ違えるほどの幅。高さは2メートルほどか。そして前後にまっすぐ伸びている洞窟。

 何故ここにいるのか思い出そうとするが、頭にもやがかかったようで思い出せない。怖くなって頭を触ってみるが、どうやら外傷はなさそうだ、身体の痛みもなく、立ち上がって途方に暮れる。洞窟は前後に伸びている。どちらかに進むしか無いが、果たしてどちらが出口なのか。もしくはここで待っていれば助けがくるのか。急に背中に悪寒がはしる。ここはどこなのだ、何故ここにいるのだ。叫んで走り出したい衝動を抑えながら、勘頼りの方向へ洞窟を進んでいく。

 延々と歩き続けているが、疲れもしないし、喉も乾かない。きっと、このおかしな状況にアドレナリンが出ているのだろう。しかし不安は少しづつ大きくなっていく。自分の手足も見えないのに、黒い壁ははっきりと見える。それは幻想的であり、恐怖でもあった。

 もうどれほど歩いたか分からない。途中で道を引き返そうかと思ったが、もしやこの先が出口ではと思うとなかなか引き返せはしなかった。洞窟は相変わらずまっすぐで、同じ幅、同じ高さ、同じ黒い壁のままだった。こんな場所がはたしてあっただろうか。すべすべの壁は人工のようでもあるし、天然のようでもある。分からない、分からないことだらけだ。分からないからこそ、前に進むしかなかった。

 しばらくすると違和感を感じてきた。なんだか目の前に小さな白い点が踊り出したのだ。それが光だと気づくまでにそうはかからない。はるか遠くのようだが、白く光っている。助かった、あれが出口なのだ。

 たまらず男は走り出した。白い点がゆっくりだが大きくなってくる。指先サイズから拳大になり、人の顔ほどの大きさになった。男は立ち止まることなく走った。止まれば白い点が離れていってしまうような気がして。

 白い光は暗闇の中の男には眩しすぎるようだ。外の様子が全く分からない。ただただ白く光っている。黒い壁と白い光の境界が分かってきた。洞窟はあそこまでだ、ようやく外に出られるのだ。外に出たら助けを呼ぼう。きっと外に出られれば、どうにかなる。白い光は希望の白だった。

 とうとう男は黒い洞窟の境界を走り抜けた。白く眩しく何も見えない。落ち着け、落ち着け、まずは目を慣らすのだ。男はあまりにも長いこと黒い洞窟にいた。ゆっくりと目を閉じて、そしてゆっくりと目を開けた。

 自分の手足も見えないほどに眩しいが、白い壁の輪郭は見える。壁、白い壁。すべすべした白い岩肌に、ひと2人がすれ違えるほどの幅。高さは2メートルほどか。そして前にまっすぐ伸びている白い洞窟。男は膝から崩れ落ちた。あぁ、ここは未だに洞窟なのだ。出口ではなく、白く光る洞窟なのだ。

 男の様子をずっと観察していた鬼は閻魔大王に話しかけた。
「閻魔大王様、あの男は地獄から天国へ移動できたのにちっとも嬉しそうじゃないですぜ」
「こちらの手違いで地獄へ送ってしまったが、天国はいささか刺激が強すぎたかもしれんな」
「光の中を延々歩けるなんて幸せだと思うんですけどね」
「近頃の人間はよく分からんからな、天国も見直す時が来たのかもしれんな」
「そういうもんですかねぇ、難しいことはわかんねぇや」

 男はいつまでも白い洞窟に座り込んでいた。

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