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虎子を得るには虎穴に入る 

「いいかい?君のような外国人がこの街の仕組みを理解するのは難しいと思うが、今日はこの街で生き抜くためのヒントをあげるよ。市役所というのは組織だからね。君の店を見廻りに来た人間は勝手には動けない。誰が彼らのボスか?それを知る必要があるのを覚えておきなさい。そうすれば、困った時に何処に相談をすればいいかがわかるから。」

セニョールはそう言いながら、2階から3階に向かっていた。市役所の3階は議会室があって、そこで色々な市政についての議論や決議がされる。その脇の小部屋に僕達は入っていった。

受付の女性は僕を見るなり、というよりはセニョールを見るなり長年の友人か何かのように挨拶を交わし、セニョールは僕のことを紹介した。

「あら。。あの路地にある日本食のデリ? それなら話は早いわね。どうぞ、アポの時間になりましたのであちらへどうぞ。」

約束の10時は少し過ぎていたけれど、セニョールも受付の女性もそんなことは意に介さず、僕達は奥の部屋と通された。

そこには見た顔2人がなにやら楽しそうに話していた。

「あれ?? マサノリじゃないか? どうしたんだい?」

驚いたのはルイスとセバスチャンだった。ルイスは日本食が大好きで週に4日はお店に来てくれていたし、セバスチャンもルイスほどではないが良くお店に来てくれる僕のお店の常連客だった! 

「なんだ???この日本人を知ってるのかい??」

僕をここに連れてきてくれたセニョールも驚いた様子。僕は文字どおり連れて来られた猫のようで、状況をよく飲み込めないまま言葉を失っていた。

ルイスはセニョールに挨拶をし、僕にウインクをして部屋を後にした。ウインクの意味は全くわからないけど、僕がここにいることは決して悪い話ではないような気がして僕はセニョールが話し出すのをただただ待っていた。

「おはようございます。セニョール。どうぞお掛けになって。」

社交辞令のようなとても丁寧な対応でセバスチャンは僕達を迎えてくれた。

「今日はアポを取っていただいて、お越しいただいて恐縮ですが、あいにく市長はどうしても外せない用があって私が対応させてもらいます。」

「いやいやこちらこそ急にアポを取って申し訳ない。今日はわざわざ市長に会ってもらうほどのことでもないので気になさらず。まあでも君達がこの日本人のことを知ってるってのは話が早い。いやあ運が良いね。」

「市長??」「一体なんの話だよ??」「っていうかなんでセバスチャンとルイスがここに?」「俺なんか悪いことしたかな?黙ってテーブル出してるのバレてる?」

きっと僕の顔は「キョトン」としてたに違いない。目が点になってただろう。いや。。。彼らにとっては僕達の目は線か。。とにかく、この部屋へ来てから市役所を出るまで僕は一言も言葉を発することはなかった。

総務部の部屋よりも明らかに装飾が豪華なその部屋の隣の部屋のドアには

「市長室」

と書かれた札がかかっていた。

つづく


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