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市役所へ 

「テラス席のない営業」は僕のお店にとって死活問題だった。

10坪にも満たない店内スペースはお惣菜を並べるショーケースでほぼ占められていたし、店内はとにかく暑すぎた。

「店内で食べるしかないなら帰る」

というお客さんがほととんど。食べに来たのに食べずに帰る人達はテイクアウトすらしてくれなかった。

中には「店内の方が良い」というお客さんもいたけれど、テラス席がないとテーブル2つしかない店内はすぐに満席になる。それを「満席」と言っていいいのか?はさておき、とにかく機会損失ばかりの毎日だ。

この当時、撤去されるまで路地に置けたテーブル2つ。店内も2つ。
10坪に満たないお店もテラス席を設けることで集客は倍になるのだ。

ちなみに、2つから始めた路地のテーブルは市役所との長年の攻防の末、5つまで置けるようになった。それがこの店が繁盛店になった大きな要因である。そこに行き着くまでの話は改めて。

「今日からどうしようかな。。」

無許可でテーブル出して、見つかったら方付けて、また出して

そんな感じで騙し騙しやるのかな。。と憂鬱になりながら仕込みをしていたら、電話が鳴った。

「Holaaa Japones!!おはよう!! 今から、10時に市役所の前で待ってるから来なさい!」

God Father レストランのセニョールだった。

「い。。今から?? 10時? ちょっと仕込みがあって。。」

時間は9時。どうやっても1時間で仕込みが終わる状態じゃないし、僕だって何度も何度も市役所に掛け合ってるんだ。。何度言ったって。。とあまり乗り気でなかった。

「No te preocupes 心配しなくていいから。とにかく来なさい! せっかくアポとったんだから」

アポ?? なんだかよくわからないけれど、路地にテーブルがなかったらどうせお店は暇だし、ちょっとくらい仕込みが遅れたっていいや。と何故か開き直っていた僕は、9時半に来るアルバイトの学生に「やることリスト」を残してお店を出た。

「10時に」と言われて15分前に着くあたり、「僕も日本人だなあ」と思いつつ市役所に着くと、既にセニョールは入り口で待っていた。満面の笑で。

「おお!来たね〜! ちょっと時間あるからコーヒーでも飲もう」

そう言って、市役所の前にあるイタリアンコーヒーでラテを2つ。セニョールと僕とアートが施されたカフェラテ。シュールな朝の一時。セニョールは僕に説明した。

「で? いつもは市役所のどこの部署の誰に相談しに行くんだい?」

僕は何度も来ている市役所の2階にある総務課で総務部長の秘書官に相談をしていることを伝えた。

「そうかそうか。それで、前市長の時はその秘書官と口約束を結んだんだね。えらいなあ〜君は。この街で日本人でそこまで出来るのは大したもんだ! 今日は君に変わって私が説明してあげるから。あははNo te preocupes!」

僕が説明するのと、セニョールが説明するのとなにが変わるんだろう?

そんな疑念は市役所に入ったあと、直ぐに驚きに変わったのを今でも鮮明に覚えてる。

市役所に入ると直ぐ、セニョールを見かけたほとんどの人が声をかけてきたのだ!! 

「あら〜久しぶりね〜!」

その中にシルビアの姿もあった。彼女は僕がお店を開業するときに営業許可の取得や労働ビザの件で困っていたのを親身になって助けてくれた女性だ。

セニョールと一緒にいた僕を見て彼女は

「あら?この日本人は知り合い? この子は一人で色々頑張ってるから助けてあげてね」

とセニョールに言った。

「あっはっは! だから今日は来たんだ。心配ない心配ない」

ご機嫌なセニョールは市役所の階段を登っていく。僕は不思議に思って聞いてみた。

「知り合いが多いんですね。」

「あはは。まあね。君よりは多いさ。あはは。この街出身だからね。それに、カニラックって知ってるかい?」

「CANIRACカニラックって。。レストラン協会ですよね? 知ってます。加盟するように勧められたけど、年会費払わないとだし、店も小さいし躊躇してたんです。」

「あははは。まあ君の店は確かに小さいしね。それに、もう加入しなくても良いよ。こうして私と知り合ったんだから。運が良いね。」

「へ??」 ちんぷんかんぷんだった。

「実はね前のカニラックの理事長。あれね。私なんだ。今は後輩が理事長で。私は相談役を頼まれてるのさ。だから知り合いが多いんだよ。あはは。」

なにがどうなってかわからないけど、僕はレストラン協会の前理事長と市役所の階段を登っているようだった。

ということは、総務部にも顔がきくのかな。。。さっきより少し期待しながら僕は2階の総務部へと急いだ。

「今日はそっちじゃないよ。もう1階上だから。。」

そういって僕を追い越し、階段を登り続けるセニョール

相変わらず満面の笑顔だった。

つづく


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