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買い出しの帰りに夕日見つめてる

昨日は引きこもり。昼過ぎまで寝ていた。「シン・俳句レッスン」と「シン・短歌レッスン」をやったから、それで時間が取られた。

俳句について。子規と虚子は作家を目指していたけど挫折して短詩である俳句にのめり込んでいったという説。子規は戦争記者として従軍したが、病になって戻ってきた。そのときに何気ないあぜ道の風景に魅せられて俳句に目覚めた。それから病床になるのだが、俳句ぐらいしか創作活動が出来なかった。まあ随筆も書くのだが。

虚子も小説家になりたかったのだが挫折した。子規からついだホトトギスで小説を書いていたがちっとも売れなかった。漱石が「吾輩は猫である」を書いてヒットしたのだが、漱石は新聞社と契約してしまったので「ホトトギス」の経営困難になる。それで俳句投稿欄をやり初めたらそれが売れた。虚子のセンスは選句するという才能があった。それで「ホトトギス」が売れていく。女性俳句も取り入れた。日常詠の勧め。その傾向が実験的な俳句には手を出さない指針になっていく。「ホトトギス」を永続させるために。

『教養としての俳句』の第二章を読んでわかったこと。

短歌は『古今集』だった。100分de名著を観てまとめた。講師の先生は、渡部泰明。この人の本は読んだことがあった。第一回は非常にわかりやすかった。

『古今和歌集 ビギナーズ・クラシックス』もAmazonの読み放題にあった。

読書はプラトーノフは相変わらず進まずポーもあまり進んでいなかった。ポーは訳が読みにくいのかと思って、古典新訳文庫がこれまたAmazonの読み放題にあったから読んでみた。それほど変わるものでもない。もともとポーの文体が読みにくい文体だったのだ。『黄金虫』の途中まで。

アイデア商品として「リーガルパット」なるものを知る。

これいいかもしれない。ほとんどメモを付けないで感想とか書いているのだが、大事なことを忘れていたりする。それに最近文字を書いてないので書くのが苦手になっていることもある。早速Amazonに注文した。

Filmmarksに過去ログから映画の感想アップした。今日は『愛のイナズマ!』を見に行こうかと。ついでに予約本を取りに。

今日の一句。最近夕日ばかりみている気がする。

買い出しの帰りに夕日見つめてる

何の工夫もなかった。今日が記憶に残るとは思えないが夕日だけはいつも記憶に残るかも。

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