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ナポレオン支配の時代のスペイン

『ゴヤ 3 巨人の影に 』堀田善衛(集英社文庫 – 2011)

ゴヤは、人間の欲望を冷徹に観察する画家に
1808年、ナポレオン率いる仏軍侵入で、スペインは王政崩壊し、無政府状態に。聴覚を絶たれたゴヤは、世の中を冷徹に観察する画家として新境地を切り開く。傑作評伝・第三部。


ナポレオンのスペイン支配から抵抗する市民のゲリラ戦。しかしそれは憎しみが憎しみを生む殲滅戦の様相を帯び、ゲリラ側もフランス人を刀で切り刻み肉屋に吊るす、フランス側は問答無用で市民を整列させて銃殺する双方の弔い合戦の様相。ナポレオンのスペイン支配はゴヤの絵をそれまで宮廷画家だったゴヤが宮廷画家ではいられなくなるスペインの現実を見ることに。銅版画『戦争の惨禍』として出版された、戦場カメラマンの報道写真のような目をそむけたくなるゲリラ側の残虐行為からフランス側の弾圧や略奪暴行シーンまでの1980年から1990年まで82枚の絵が語るもの。

ゲリラという言葉がスペイン発祥の言葉で、クラウゼヴィッツの『戦争論』、侵略者は武装農民を相手にしなければならず、武装農民は追いかけられればバラバラに散って農民に紛れ込む。まさに日中戦争やベトナム戦の先駆けとなるゲリラ戦の様相でナポレオンの軍隊に対抗していく。マルクスのスペインのゲリラ戦について「行動なき観念」「観念なき行動」と批判されるがそれは後世によって判断される冷静さであって、「完全無欠な無政府状態」のスペインが取り得るのは行動しかなかった。さもなくば永遠の隷属だ。ゴヤは宮廷画家から民衆に目覚める。

それまでの貴族や傭兵がやる戦争とは違う市民戦争は、徹底的な見せしめを必要とする。農民がゲリラになるからゲリラ戦の困難さ。それは日中戦争でもベトナム戦争でも、そうした中でスペイン独立戦争は起きたのだ。そのゲリラの後ろにはイギリス海軍が武器を供与して、漁夫の利を狙っている。イギリスにとっては半島戦争。フランスにとってはスペインの反乱。フランスの自由主義に憧れた貴族たちと未だ封建制が抜けない農民との内戦。すでにスペイン市民戦争の前触れだった。ゴヤの銅版画はピカソの『ゲルニカ』をも描いていた。

全てが敵となり味方になる容赦なき戦争。抑えることができない不満分子の群衆の戦争なのだ。そして民衆が迎い入れたスペイン王は彼ら民衆ゲリラを弾圧する。ゴヤが貴族の肖像画家から戦争画を描く近代画家になるのはトルストイやドストエフスキーの時代だった。民衆は、群衆となり、ル・ボン『群衆の心理』となっていくのだろう。ナポレオンの戦争がもたらしたもの、ベートヴェンの「英雄」から「運命」の戸を叩く不気味な怪物の時代。


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