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非対称な戦争は終わりがない戦争

『勝てないアメリカ―「対テロ戦争」の日常』大治朋子 (岩波新書) 

圧倒的優位にあるはずの米軍が「弱者」に翻弄される。衛星通信を使った無人の爆撃機や偵察ロボットなどハイテク技術を追求するが、むしろ犠牲者は増え続け、反米感情は高まる。負のスパイラルに墜ちた「オバマの戦争」。従軍取材で爆弾攻撃を受けながら生き延びた気鋭の記者が、綿密な現場取材から、その実像を解き明かす。

西谷修『戦争とは何だろうか 』を実証した米軍従軍レポート。圧倒的戦力差によって国対国の戦争がしにくくなったのと対称的に、AI無人機やハイテク装備の軍事大国対テロ組織の「非対称な戦争」が行われる。初戦こそ圧倒的勝利をおさめるものの長期化によって、占領地域を管理するのも傀儡政権を作ったとしても、反対勢力に支配権を奪われる。

著者は毎日新聞の記者。イラクやアフガニスタンの対テロ戦争で米軍兵士が受ける小型爆弾によって、後遺症(TBI)が多くなっているという内容。実際に従軍してのレポートだけにリアリティがある本になっている。ハイテク装備で守られているから死なないが後遺症だけはどうにもならない。実際に支配地域で派遣してやられる兵士の増大は、社会問題化されるが日本にはなかなか伝わらない。

イラク戦争で心に深い傷/元米兵と家族に聞く/突然、戦場体験が現れ https://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-04-25/2016042501_08_1.html 

また初期症状が軽いため、兵士たちは「マッチョ」を競う中で精神的な弱さを嫌う傾向にある。英雄と言われたいマッチョ文化を温存する。実際にハリウッドの好戦映画の描かれ方は、そのパターンだ。

アメリカの情報戦(国内向け)として、ベトナム戦争の苦い経験から国防省が情報を管理するようになったが、アメリカのジャーナリストの事実を求める訴訟で次第に事実関係が明らかになるにつれてもみ消せない事件が起きる。その最たるものが「グアンタモナモ収容所」での虐待事件があった。

その頃は取材者はすべて検閲を受けた。映画『モーリタニアン 黒塗りの記録』によってその始終は伺えた。そうした、ジャーナリストとの駆け引きがあるのだが、長期化する戦争は関心も薄れて従軍記者も減っているという。今では米国本国よりもヨーロッパからの方が多く、それでも一桁代だという。だから、勝どきは十分報道されるが負け戦になると報道も少なくなる。

この「非対称な戦争」における情報戦の重要さ。世論の動向も戦争開始当時に比べ支持率は次第に減っていく。長期戦になるとメディア管理も出来なくなり、米兵の死傷者が明らかになるにつれて好戦意欲も減退するのだ。しかし、低所得者の志願兵は戦争で仲間意識が募り何度も志願するものがいる。その割合が1%ぐらいなので、1%の戦争と言われているとか。戦争に行く層は限られているのだ。そして、虐げられた者が虐げられた国へ戦争という汚れ仕事を請け負う。

実際に占領下の基地内は、なんでもありAmazonのネット通信も出来るという。そのぐらいにしないと軍隊は魅力がないのかもしれない。基地の食堂が充実していくのは民間企業が入っているため、サービスが充実してくる。その外と内との格差が占領下では標的になる人がいる。そうした民間企業で働く者がアメリカの低所得者(例えばアラブ系の人は雇われていく)なのだ。民間の軍産複合体(元軍人の幹部が経営)は軍事費を減らせるし、政府が死傷者の面倒をみることもないので、オバマのアフガン戦争はAI無人兵器と共に増えていった。

その有様はアフガン撤退時、米軍基地で働いていた者たちが置き去りにされたり、タリバンに拘束される事態にもなっていた。反米勢力を増やす、米軍がハイテク装備では掴めない住民感情、例えば治外法権的に無人機でターゲット(テロリスト)を殺害したとしても誤爆や戦争が続くことで米軍の思い通りにならないのである。

無人機の操縦はアメリカの基地でゲーム機のように、実際にコントローラーはゲーム機仕様にして、その関連ゲームソフトもダウンロード出来るという。だが実際問題としてテロリストは一般住民の中に混在している。地雷を仕掛けるように見えて、井戸掘の人が間違って誤爆されたり、情報を現地住民に依頼するので間違った情報で誤爆するというのもあったという。

さらに傀儡政権との癒着にまつわる利権の腐敗政治はより反対勢力を勢いづかせる。また近隣諸国は治外法権を侵され不満が噴出する(隣国パキスタンの反米感情)。そうした中でわずか10ドルの小型爆弾(地雷)が、4800万の装甲車(地雷用のタンク)を破壊する。

「わずか10ドルほどのIDS(小型爆弾)が、4800万円以上の米軍の最新鋭の装甲車を一瞬にして破壊し、部隊全員を不安に陥れる」(略)
「基地に帰り、痛む背中をさすりながら、ふと思った。ずっと疑問に思っていたことが、ようやくぼんやりと光りに照らされつつある。『持たざる者』が『持てる者』を振り回す。小さな蜂の群れが、巨象を襲う。それがこの戦争の日常だ。これが『非対称の戦争』なのだ。」

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