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スキマでもけなげ花咲く踊子草

スキマ植物。ヒメオドリコソウだという。こんなところに雑草が花を咲かせている季節だった。桜より尊いのではないか?尊いということはないがけなげである。今日の一句。

スキマでもけなげ花咲く踊子草(オドリコソウ)  宿仮

俳句の投稿は終わった。選句期間になっていた(選評済み)。短歌は提出出来なかったな。作れないということはなかったのだが、やる気がなかったのか。ぼんやり日々を過ごしている春だった。

昨日も午後まで寝ていた。白楽天に昼過ぎまで寝ている漢詩があったのを『白楽天』で読んだ。ラジオの「漢詩を読む」も白楽天だったが最終回でした。ビギナーズには「長恨歌」が載っていないから、他の本で読んだ。「長恨歌」を載せてないなんて。

『窯変 源氏物語』は「歌合」まで。そこに紫の上が長恨歌がいいのではというのだが、光源氏が国を転覆させる話だからと拒否するのだった。「歌合」は『窯変 源氏物語』でも楽しそうな描写だった(ダークな話ばかりの「窯変」なのだが)。物語解釈もあって。

これで『うつほ物語』を読んでみたいと思ったのだった。『竹取物語』に勝った物語だったから。

『西行桜花』も少し読んだ。桜はまだ見てないのだが。今日は川沿いを歩いて図書館に行こう。昨日はダルくて行く気になれなかったのだが。

図書館に返却本2冊と一冊借入。塚本邦雄『王朝百首』は予約の人がいて繰越で借りれなかった。代わりに『珠玉百歌仙』を借りてきた。塚本邦雄は「百人一首」をディスりながら、「百人一首」の本歌取りみたなことをやっているのだが、すでに千首ぐらいは選定しているのではないか。それだけ日本の和歌の歴史に読んでおきたい歌が多いというのだ。俳句もあるんだよな。

図書館も行くのが遅すぎてすぐに昼飯を食いにネットカフェに行く。そこで「ウィークエンド・サンシャイン」を聴きながら読書。プラトンの「愚か者の船(Ship of Fools)」という一連の歌があるのだが、それを紹介していた。今読んでいる『白鯨』も「愚か者の船」の物語なのかもしれない。

愚か者の船という国家論なのだが、いつの時代もそうなんだ。賢い者の船があったのだろうか?と疑問に思う。船を国家に喩えるにはプラトンの時代からあったのか。衆愚政治的なことなのか?

まあ自分の愚かさを棚に上げてということもあるかもしれない。最初からそうだったのではないと思うがこれも諦念ということなのだろうか?この頃終末思想に引かれていく。『オッペンハイマー』も観たいけど、今日はお花畑映画を見に行く。昨日は『ブルーを笑えるその日まで』を観た。


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