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イギリス労働者階級のパブ文化はカラオケ文化と違うのか?

『ワイルドサイドをほっつき歩け --ハマータウンのおっさんたち』ブレディ・みかこ

Yahoo!ニュース|本屋大賞2020 ノンフィクション本大賞
史上初! 著者2年連続ノミネート!
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』に次ぐ
待望のエッセイ集、10万部突破!!

日常をゆるがす大問題を前に果敢に右往左往する
おっさん(おばさん)たちの人生を音楽にのせて描く。
ブレイディみかこの新たなる代表作、誕生!!

恋と離婚、失業と抵抗。絶望している暇はない。

EU離脱の是非を問う投票で離脱票を入れたばっかりに、
残留派の妻と息子に叱られ、喧嘩が絶えないので仲直りしようと
漢字で「平和」とタトゥーを入れたつもりが、
「中和」と彫られていたおっさんの話……

本を読むことを生きがいにしていたのに
緊縮財政で図書館が子ども遊戯室の一角に縮小され、
それでも諦めずに幼児たちに囲まれながら本を読むうち、
いつしか母子たちに信頼されていくこわもてのおっさんの話……
などなど、笑って泣ける21篇。
「みんなみんな生きているんだ、友だちなんだ」!

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世界でいちばん愛すべきおっさんたち(&おばさんたち)が、ここにいる。
あんたら、最高すぎるんだけど……
――高橋源一郎(小説家)

イギリスの市井の人の魅力を引き立てるブレイディさんの愛と観察眼と筆力に心を丸ごと持っていかれた。
一編一編が人情に満ちた極上のドラマ!
――ヤマザキマリ(漫画家/随筆家)

高みからレッテル貼ってるだけじゃわからない、厄介で愛おしい人生たち!
――ライムスター宇多丸(ラッパー/ラジオパーソナリティ)

優しい人の間違いを見逃さないことも大切だけど、間違う人の優しさを見逃さないことも大切。
ブレイディさんの「見つめ続ける」視線に、大きな勇気をもらいました。
――西加奈子(小説家)

イギリスというとジェームズ・ボンドとか、ベッカムとか、かっこいいイメージがあったけど、日本のおじさんとちょっと近いところがあって、登場人物にすごく親近感がわいた。
僕らの年代的にもちょうどいい。名曲のパターンによくあるけど、本書は前作『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』との両A面!
――博多華丸(お笑い芸人)

ブレイディさんは鳥の目と蟻の目を両方持っている。空高くから、イギリスにおける緊縮財政の余波を観察する一方で、地べたから、その中で生きる人々の姿を観察している。
若い世代から目の敵にされている「ブーマー世代」のおっさんたちのしぶとさを、ブレイディさんは鳥と蟻の両方の視点で描いてくれた。「風雪ながれ旅」を生き延びてきたおっさんたちに、少しの愛とやさしさを、そして健康ドリンクと腰痛の薬を送りたくなった。
――関美和(翻訳家)

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「『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で青竹のようにフレッシュな少年たちについて書きながら、そのまったく同じ時期に、人生の苦汁をたっぷり吸い過ぎてメンマのようになったおっさんたちについて書く作業は、複眼的に英国について考える機会になった。二冊の本は同じコインの両面である。」(「あとがき」より)
目次
第1章 This Is England 2018~2019(刺青と平和;木枯らしに抱かれて;ブライトンの夢―Fairytale of Brighton;二〇一八年のワーキング・クラス・ヒーロー;ワン・ステップ・ビヨンド ほか)
第2章 解説編―現代英国の世代、階級、そしてやっぱり酒事情(英国の世代にはどんなものがあるのか;英国の階級はいまどういうことになっているのか;最後はだいじなだいじな酒の話)

青春18きっぷを使った読書旅。行きは『ドン・キホーテ後篇Ⅱ』を読みながら、帰りの電車ではこの本を一気読み。

イギリスの家庭を省みない(といより相手にされなくなった)男たちの憩いの場がパブ文化という男たちの共同体で、それは男たちがサッカーを見て応援したり、家庭の愚痴をこぼしながら若い時の夢をとりもどそうとする連帯の場でもある。それは昨今の右傾化ということもあろうが、イギリス人の中にあるパンク(ロック)魂みたいなもの。「自分のケツは自分で拭く」というような。行き過ぎると自己責任論になりかねないのだが自分の道は自分で決めるという男たちの様子がエッセイだけど物語のように語られる。

彼女と仲直りするために「平和」と入れ墨を掘るはずが「中和」になってしまったおっさんラブな方向性は、日本の演歌で無理やり酒で酔わせてカラオケで女の子とデュエットするオヤジではないんだろうなということは感じられた。UKロックのノスタルジーさを引きずりながら太陽は傾いていく。

第一章はそんなおっさんたちの物語的エッセイが語られるのだが、どれもキーとなるUKロック(そうじゃないものもあるが)をBGMに貧しさに連帯していくオヤジたち。それはイギリスが階級社会であり、そういうオヤジはEUの多民族主義(多民族共存の理念)には反発して、「ブレグジット(EU離脱)」の原動力となった。ただその背景にはイギリスの無料保険制度NHSが縮小化されて民営化になり、ブレグジットしなければNHSが廃止されるという偽りのキャンペーンを主張した保守政権に騙されたという。それらの労働者階級のオヤジが一時的にトランプ支持のようなナショナリズムに走ったが、その基本にあるのは弱者連帯の精神であるという。だから移民たちに厳しいのは、そういう連帯の意思を見せないで自らの欲望だけで成り上がっていく、例えばブレディ・みかこが白人のイギリス人と結婚したのは、自らの欲望のために結婚を利用したと周りから見られる。現にそういう白人男性はアジアの女性と結婚することも多く、結婚した若いアジア人女性と文化的摩擦も描かれていたりするのだった。

若者たちが移民排斥運動をファッションのようにやっているのとは違い、自らの体験を元に自分たちの生活が脅かされるという政権与党のアナウンス(日本でも大いにあるが)が嘘だと知るとその反動も起きているのだという。例えば中国人排斥運動もおっさんたちがパトロールしてそういう悲劇的な事件が起こらないようにするとか(それが高じて中国娘の人気ものになって交際したりするものも出てくる)、単純なイデオロギーの労働者階級ではないという。

それは『ドン・キホーテ』を読みながらサンチョ・パンサがけっしてエリートとはならないが、どこか差別的な概念から抜けきらないのと似ている。それは共同体幻想として、まだ連帯が信じられている姿かもしれない。だからここに書かれたエッセイ的な散文がノスタルジーとしての物語(歌)に収斂されるのはやはり危ういと思うのだ。

第2章「解説編」はイギリス社会の世代を5つに区分して、例えば日本では戦中派、戦後派(ベビーブーム世代、全共闘世代)、80年代シラケ派(新人類)、ベビーブーマー(全共闘の親からへの反抗世代)、デジタル世代となっていく。80年代がジェネレーションXとして、UKパンク世代を含むのだがこの時代は反抗としての文化が根付いていた。日本ではあまりそういうのは根付かず新自由主義を謳歌するバブル世代となっていくのであろう。まあ日本はアメリカ文化よりだからベトナム反戦後のヤッピーと呼ばれる欲望の世代になっていくのかもしれなかった。

「ジェネレーションX」世代が日本では起きなかったのは、それ以前の戦後の荒廃した社会で共同幻想は根こそぎにされてアメリカ型の新自由主義になって、とりあえず経済発展の中で自己のアイデンティティを見出していく経済至上主義(右肩上がりの経済政策)を享受することが個人の幸せだと思わされているのかもしれない。ただ一部には「ジェネレーションX」がいないわけでもないのだが、いつの間にか権力にとりこまれる「X JAPAN」になっていくのかもしれない。

イギリスの労働者階級は「X JAPAN」にはなりようがなく、例えばそこにはアメリカの資本主義に対する明らかに反発があったのがUKロックシーンなのだと思う。ただそんな若者たちも今やおっさん化しているのは事実であり、それはイギリスのパブ文化と密着していたというのだが、昨今はそうしたパブ文化も衰退してスムージな健康志向のノンアルコール世代という波が押し寄せてきている(アメリカのヤッピー文化だろうか?)という。そんな中で取り残されていくオヤジたちの悲哀がパブ文化と共に語られるのだが、日本のカラオケ文化とは明らかに違うようだった。

例えばアメリカ映画の『ハズバンズ』の中にあるアメリカのクラブ文化(その前章はディスコ文化『サタディ・ナイト・フィーバー』だった)と比較すると、みんなでとりあえず踊っておけというのとも違うような気がする。


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